「傷病手当金を受け取ったけど、確定申告が必要なの?」「源泉徴収票にどう記載されるの?」——病気や怪我で休職中の方やご家族から、こうした疑問が絶えません。
結論を先にお伝えします。傷病手当金は所得税法上の非課税所得であり、原則として確定申告も年末調整も不要です。 ただし、給与と同時に受け取った期間がある場合や、他の所得との関係で手続きが必要になるケースもあります。
この記事では、法的根拠から実務上の注意点まで、傷病手当金の税務処理を完全に解説します。
傷病手当金とは?医療費控除と何が違うのか
傷病手当金の本質は「生活保障給付」
傷病手当金とは、業務外の病気や怪我によって働けなくなった会社員・公務員が、休業中の生活費を補うために健康保険から受け取る給付金です。
医療費控除との根本的な違いは、「何に対する補償か」という点にあります。
| 比較項目 | 傷病手当金 | 医療費控除 |
|---|---|---|
| 性質 | 休業中の生活費補償(生活保障給付) | 医療機関への支払いに対する税控除 |
| 対象 | 就業不能期間の所得補填 | 実際に支払った医療費 |
| 税務上の扱い | 非課税所得(申告不要) | 所得控除(確定申告で申請) |
| 根拠法 | 健康保険法99条・124条 | 所得税法73条 |
よくある誤解として、「傷病手当金を受け取ったから医療費控除の計算が変わる」と思われる方がいますが、傷病手当金は医療費の補填ではないため、医療費控除の金額から差し引く必要は一切ありません。
医療費控除の計算式では「保険金などで補填された金額」を医療費から差し引きますが、この「保険金」とは民間の医療保険や入院給付金を指します。傷病手当金は生活費の補償であり、医療費の補填ではないため、医療費控除の計算には影響しないのです。
傷病手当金が「非課税所得」と定められた法的根拠
所得税法と健康保険法の二重構造
傷病手当金が非課税とされる根拠は、日本の税法・社会保険法の二つの柱に支えられています。
所得税法の規定
所得税法は、身体の傷害に基因して支払を受けるものを非課税所得に分類しています。傷病手当金は業務外の傷病に起因した給付であるため、この規定が適用されます。
ポイント:所得税の観点
傷病手当金は「給与所得」「事業所得」「雑所得」のいずれにも該当しません。所得税法上、課税対象となる所得の種類(10種類)に当てはまらない=非課税所得として扱われるのです。
健康保険法の規定
健康保険法第99条(協会けんぽ加入者向け)および第124条(組合健保加入者向け)は、傷病手当金の支給要件・金額・期間を定めています。この条文で傷病手当金は「療養のため労務不能となった被保険者への生活補償」と位置づけられており、賃金(給与)ではなく社会保険給付であることが明確にされています。
なぜ非課税なのか——立法趣旨
傷病手当金を課税対象としない理由は明快です。
- 生活困窮時の補償が目的:病気・怪我で働けない期間の最低限の生活費を保障するものであり、これに課税すれば制度本来の目的が損なわれます。
- 給与所得の代替ではない:給与の代わりに支給されますが、雇用関係に基づく対価(給与)ではなく、社会保険制度の給付です。
- 社会政策上の配慮:療養中・回復期の患者に税負担を課すことは社会的に不合理です。
傷病手当金と源泉徴収——源泉徴収は行われない
源泉徴収が発生しない理由
傷病手当金には源泉徴収は一切行われません。
源泉徴収とは、給与や報酬を支払う際に支払者(会社など)があらかじめ所得税を天引きし、税務署に納付する制度です。非課税所得である傷病手当金には所得税がかからないため、そもそも源泉徴収する税額が存在しません。
源泉徴収票への記載
会社員が年末調整で受け取る源泉徴収票には、傷病手当金の金額は記載されません。
源泉徴収票に記載されるのは「給与・賞与(課税給与所得)」のみです。休職期間中に傷病手当金を受け取っていた場合、その期間の給与が「0円」または「一部支給」として処理されるのみで、傷病手当金の受給額はどこにも登場しません。
| 書類 | 傷病手当金の記載 | 理由 |
|---|---|---|
| 源泉徴収票 | 記載なし | 課税所得に該当しないため |
| 確定申告書 | 記載不要 | 非課税所得は申告対象外 |
| 住民税申告書 | 記載不要 | 住民税も非課税 |
年末調整・確定申告との関係を整理する
原則:傷病手当金のみでは申告不要
傷病手当金だけを受け取っており、給与所得がない(または会社が年末調整を行う)場合は、確定申告・年末調整の両方とも傷病手当金に関しては手続き不要です。
注意が必要な4つのケース
ケース①:給与と傷病手当金を同一月に受け取った場合
休職中でも有給休暇消化中に給与が支払われた場合、傷病手当金は調整(減額)されます。
調整計算式(日単位):
実際に受け取る傷病手当金(日額)
= 支給日額 − 給与の日額相当額(1日分)
給与の日額相当額が傷病手当金支給日額を上回る場合、傷病手当金はゼロになります。
この調整は健康保険側が自動的に行うため、受給者が税務申告で何か特別な操作をする必要はありません。ただし、年末調整の対象となるのはあくまで給与分のみです。
ケース②:年の途中で退職し、傷病手当金を受給している場合
退職後も傷病手当金を受け取り続けることができます(資格喪失後継続給付)。この場合、以下の点に注意が必要です。
- 退職後の傷病手当金も引き続き非課税
- ただし、退職後に年末調整を行う会社がなくなるため、給与所得がある場合は確定申告が必要になることがあります(傷病手当金の申告は不要ですが、他の所得の精算のため)
例:
Aさんが6月に退職し、1〜6月の給与所得に加えて7〜12月に傷病手当金を受給した場合——傷病手当金の申告は不要です。ただし、1〜6月分の給与に対して年末調整が行われないため、給与分について確定申告を行い、源泉徴収された所得税の還付を受けられる可能性があります。
ケース③:医療費控除を申請したい場合
前述のとおり、傷病手当金は医療費控除の対象外であり差し引き計算も不要です。医療費控除を申請する目的で確定申告する場合も、傷病手当金の金額を申告書に記入する必要はありません。
医療費控除の計算式(参考):
控除額=(実際に支払った医療費の合計)
−(民間保険の給付金など医療費の補填額)
− 10万円(または所得金額の5%のいずれか少ない額)
傷病手当金はこの「補填額」に含めません。
ケース④:住民税の観点
傷病手当金は住民税も非課税です。 住民税は前年の所得に基づいて計算されますが、非課税所得である傷病手当金は所得金額にカウントされません。
ただし、休職によって給与所得が大幅に減少した場合、翌年の住民税が減額または非課税になる可能性があります。これは傷病手当金の非課税とは別の話(給与所得の減少による税額変化)ですのでご注意ください。
傷病手当金の受給要件と給付額の計算
受給できる4つの条件
傷病手当金を受給するには、以下のすべての条件を同時に満たす必要があります。
| 条件 | 詳細 |
|---|---|
| ① 加入資格 | 健康保険の被保険者(会社員・一部公務員など) |
| ② 傷病の性質 | 業務外の病気・怪我(業務上は労災保険が優先) |
| ③ 就業不能状態 | 療養のため仕事に就けない状態 |
| ④ 待期完成 | 連続3日間の休業(待期期間)が完成している |
受給できない主なケース:
- 国民健康保険加入者(自営業者・フリーランスなど)
- 被扶養者(家族の扶養に入っている方)
- 業務上の傷病(→労災保険の休業補償給付が対象)
- 給与が全額支給されている期間
給付額の計算式
1日当たりの支給額
= 支給開始日以前12か月間の各月の標準報酬月額の平均額 ÷ 30日 × 2/3
具体例:
- 直近12か月の標準報酬月額の平均:300,000円
- 1日当たりの支給額:300,000円 ÷ 30日 × 2/3 = 6,667円
- 30日間休業した場合の支給額:6,667円 × 30日 = 200,010円
給付期間
支給開始日(待期3日間の翌日)から最長1年6か月(通算)です。 2022年1月の法改正により「通算1年6か月」となりました(以前は「支給開始から1年6か月」で途中復職期間も消費していました)。
申請手続きと必要書類
Step1:3日間の待期期間を確認する
傷病手当金は、連続して3日間(土日・祝日・有給休暇を含む)休業して初めて待期が完成し、4日目から支給対象になります。
待期期間のカウント例:
月曜(1日目)→火曜(2日目)→水曜(3日目)→木曜以降が支給対象
※3日間のうち給与が支払われていても待期はカウントされます
Step2:必要書類を揃える
| 書類名 | 取得先 | 費用・備考 |
|---|---|---|
| 傷病手当金支給申請書(被保険者記入欄) | 健保組合・協会けんぽのHPからDL | 無料 |
| 傷病手当金支給申請書(事業主記入欄) | 会社(人事・総務)に依頼 | 無料 |
| 傷病手当金支給申請書(医師記入欄) | 主治医に記載依頼 | 2,000〜3,000円程度 |
| 本人確認書類 | 自分で用意 | マイナンバーカード等 |
Step3:申請窓口に提出する
| 加入保険 | 提出先 | 提出方法 |
|---|---|---|
| 協会けんぽ | 所轄の協会けんぽ都道府県支部 | 郵送・窓口・一部オンライン |
| 健康保険組合 | 会社の人事・総務経由で健保組合へ | 会社ルールに従う |
時効に注意: 傷病手当金の請求権は、受給権発生日から2年で時効消滅します。「申請を忘れていた」という場合も、2年以内であれば遡って申請できます。
Step4:支給の確認
申請から約1〜2か月後に指定口座に振り込まれます。支給決定通知書が郵送されますので、金額・期間を確認してください。
社会保険料・扶養への影響
社会保険料の算定
傷病手当金は標準報酬月額の算定対象外です。 ただし、休職中も健康保険料・厚生年金保険料は通常通り発生します(給与から天引きできないため、会社に直接納付するか猶予制度を利用します)。
被扶養者の認定への影響
退職後の傷病手当金受給者が家族の健康保険の扶養に入りたい場合、傷病手当金の日額が3,612円以上(年換算130万円相当)であれば、原則として扶養に入ることができません。
扶養に入れない目安:
傷病手当金日額 × 360日 ≧ 1,300,000円
→ 日額 ≧ 3,612円の場合は扶養不可
よくある質問(FAQ)
Q1. 傷病手当金を確定申告書に書かなくて本当に大丈夫ですか?
A. はい、大丈夫です。傷病手当金は所得税法上の非課税所得であり、確定申告書のいかなる欄にも記載する必要はありません。記載しなくても無申告加算税などのペナルティは一切発生しません。
Q2. 会社から「傷病手当金を年末調整に含めてください」と言われました。正しいですか?
A. それは誤りです。傷病手当金は課税給与所得ではないため、年末調整(給与所得に対する年税額の精算手続き)の対象外です。会社の担当者に「傷病手当金は非課税所得のため年末調整対象外」と伝えてください。
Q3. 傷病手当金を受け取ると、翌年の住民税に影響しますか?
A. 傷病手当金自体は住民税も非課税であり、受給額が住民税の課税ベースに加算されることはありません。ただし、休職により給与所得が減少した場合は、翌年の住民税が下がる可能性があります(傷病手当金の影響ではなく、給与所得減少の影響です)。
Q4. 医療費が多くかかったので医療費控除を使いたいのですが、傷病手当金を差し引く必要はありますか?
A. 不要です。医療費控除の計算では「医療費の補填金額」を差し引きますが、傷病手当金は生活費の補償であり医療費の補填ではないため、差し引く必要はありません。民間の医療保険からの入院給付金は差し引きが必要ですので、混同しないよう注意してください。
Q5. 退職後に傷病手当金を受け取っています。確定申告は必要ですか?
A. 傷病手当金の申告は不要です。ただし、退職前の給与所得について年末調整が行われていない場合(退職後に未調整のまま)は、給与分について確定申告することで源泉徴収された税金が還付される可能性があります。傷病手当金ではなく「給与の未調整分」のための確定申告です。
Q6. 傷病手当金の時効は何年ですか?
A. 傷病手当金の請求権は2年で時効消滅します(健康保険法193条)。支給対象日の翌日から2年以内であれば、遡及して申請することが可能です。申請が遅れている場合は速やかに手続きを行ってください。
Q7. 国民健康保険に加入しているのですが、傷病手当金を受け取れますか?
A. 原則として受け取れません。傷病手当金は協会けんぽ・健康保険組合・共済組合の被保険者が対象であり、国民健康保険加入者(自営業者・フリーランスなど)には支給されません。一部の自治体が独自の傷病手当金制度を設けている場合を除きます。
まとめ:傷病手当金の税務対応チェックリスト
療養中・休職中の方が押さえておくべき要点を整理します。
- 傷病手当金は所得税・住民税ともに非課税
- 確定申告・年末調整への記載は不要(申告義務なし)
- 源泉徴収は行われない(源泉徴収票にも記載なし)
- 医療費控除の計算でも差し引き不要(生活補償であり医療費補填ではない)
- 退職後に給与の未調整分がある場合は、給与分の確定申告で還付を受けられる可能性がある
- 請求権の時効は2年——申請漏れに注意
- 退職後の被扶養者認定は日額3,612円が目安
病気や怪我で思うように動けない時期に、税務上の手続きで余計なストレスを抱える必要はありません。「傷病手当金は非課税・申告不要」という原則をしっかり理解した上で、必要な場合(給与分の還付申告など)だけ適切に手続きを行いましょう。
免責事項: 本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の税務・法務アドバイスではありません。個別の事情については、所轄の健康保険組合・協会けんぽ、税務署、または社会保険労務士・税理士にご相談ください。制度は改正される場合がありますので、最新情報は公式機関の情報をご確認ください。
よくある質問(FAQ)
Q. 傷病手当金を受け取った場合、確定申告は必要ですか?
A. 傷病手当金は非課税所得のため、原則として確定申告は不要です。ただし、給与と同時受取期間がある場合や他の所得がある場合は申告が必要になることがあります。
Q. 傷病手当金は源泉徴収の対象になりますか?
A. いいえ、傷病手当金は非課税所得であるため源泉徴収は一切行われません。源泉徴収票にも記載されません。
Q. 傷病手当金と医療費控除は関係がありますか?
A. ありません。傷病手当金は生活費補償であり、医療費の補填ではないため、医療費控除の計算時に差し引く必要はありません。
Q. 傷病手当金を受け取った場合、住民税はかかりますか?
A. いいえ、傷病手当金は所得税だけでなく住民税についても非課税所得です。住民税申告も不要です。
Q. 傷病手当金の法的根拠は何ですか?
A. 所得税法で身体傷害に基因する給付は非課税所得と規定され、また健康保険法第99条・124条で社会保険給付として位置づけられています。

