2022年4月の不妊治療保険適用化により、体外受精・顕微授精などが健康保険の対象となりました。しかし「保険診療と自由診療が混在する」という新たな状況が生まれ、医療費控除の計算方法に悩む患者・家族が急増しています。この記事では、混在ケースの正確な計算手順・対象判定・申告書類の書き方を、実例を交えて徹底解説します。
目次
- 不妊治療の保険適用化と医療費控除のポイント
- 保険診療と自由診療の混在時の正確な計算方法
- 対象・非対象の判定チェックリスト
- 申告書類の準備と記入方法
- 還付額シミュレーション
- 申請時の注意点とよくあるミス
- よくある質問(FAQ)
1. 不妊治療の保険適用化と医療費控除のポイント
1-1. 保険適用化による制度の変更点
2022年4月1日以前、体外受精・顕微授精などの高度不妊治療は全額自由診療でした。治療費の全額が医療費控除の対象であり、計算自体はシンプルでした。
2022年4月1日以降は以下の構造に変化しています。
| 時期 | 診療区分 | 医療費控除への影響 |
|---|---|---|
| 2022年3月以前 | 全額自由診療 | 支払全額が対象(計算は単純) |
| 2022年4月以降 | 保険診療+自由診療の混在 | 区分ごとに判定が必要(計算が複雑化) |
法的根拠
– 所得税法第120条:医療費控除の基本規定
– 厚生労働省通知(令和4年3月31日):不妊治療の保険適用開始
– 健康保険法第115条:療養の給付(保険診療の対象範囲)
– 令和4年度税制改正大綱:医療費控除対象の明確化
保険適用化によって1回の採卵~胚移植サイクルの自己負担は大幅に軽減されました。しかし同一周期内に保険外のオプション検査や薬剤を使用した場合、計算がさらに複雑になります。
1-2. 医療費控除を受けるための前提条件
| 要件 | 詳細 |
|---|---|
| 対象者 | 納税者本人・配偶者・子ども・親族(生計を一にする者) |
| 所得制限 | なし(ただし所得額により控除額は変動) |
| 申告期限 | 翌年1月1日~3月15日(還付申告は5年以内) |
| 医療保険加入 | 加入の有無は問わない |
| 最低自己負担額 | 年間医療費合計が10万円超(総所得200万円未満は総所得×5%超) |
「生計を一にする」とは、同居または仕送り・生活費の送金があることを指します。別居の配偶者でも、定期的な生活費送金があれば対象です。
2. 保険診療と自由診療の混在時の正確な計算方法
2-1. 基本計算式と控除額の決め方
医療費控除の基本公式は以下のとおりです。
【医療費控除額の計算式】
医療費控除額 = (支払医療費合計 - 保険金等補てん額) - 10万円
※総所得金額等が200万円未満の場合:
医療費控除額 = (支払医療費合計 - 保険金等補てん額) - 総所得金額等 × 5%
【還付税額の概算】
還付税額 ≒ 医療費控除額 × 適用税率(5%~45%)
補てん額に含まれるもの:健康保険の高額療養費・付加給付・民間医療保険の給付金・出産育児一時金など。含まれないもの:保険会社の生命保険金・入院見舞金(医療費の補てん目的でないもの)。
2-2. 保険診療部分と自由診療部分の分類ルール
混在ケースでまず行うべきは、領収書を保険診療・自由診療の2列に仕分けることです。
✅ 医療費控除の対象となる費用
| 費用の種類 | 具体例 | 判定 |
|---|---|---|
| 保険診療の自己負担(3割) | 採卵術・胚移植術・培養費の保険分 | ◎ 対象 |
| 保険診療に付随する医学的必要な自由診療 | 着床前診断(PGT-A)※要医師指示 | ○ 医学的必要性があれば対象 |
| 2022年3月以前の自由診療費 | 旧制度下の体外受精全費用 | ◎ 対象 |
| 不妊原因検査・ホルモン検査 | 精液検査・卵管造影・AMH検査 | ◎ 対象 |
| 処方薬の自己負担 | 排卵誘発剤・黄体ホルモン製剤 | ◎ 対象 |
| 通院交通費 | 電車・バス代(領収書不要、手帳管理でOK) | ◎ 対象 |
| 入院・遠隔地治療の宿泊費(本人分) | 交通が困難な場合に限る | △ 条件付き対象 |
❌ 医療費控除の対象外となる費用
| 費用の種類 | 対象外の理由 |
|---|---|
| 不妊治療向けサプリメント・栄養補助食品 | 医薬品ではないため |
| 精神的サポート(カウンセリング)の一部 | 治療行為に該当しない場合 |
| 美容・アンチエイジング目的の施術 | 医学的必要性がない |
| タクシー代(緊急性・医学的必要性なし) | 原則対象外(例外あり) |
| 家族の付き添い交通費 | 本人以外は対象外が原則 |
| 人間ドック費用(異常が見つからなかった場合) | 疾病の診療に直結しない |
2-3. 実例で学ぶ混在計算(3パターン)
パターンA:体外受精(保険診療)+オプション検査(自由診療)
【前提条件】
– 夫婦の合計所得:800万円(妻が申告、課税所得は約500万円・税率20%)
– 2023年中の医療費
| 費用項目 | 金額 | 区分 |
|---|---|---|
| 体外受精・採卵術(保険3割負担) | 90,000円 | 保険診療 |
| 胚移植術(保険3割負担) | 27,000円 | 保険診療 |
| ホルモン検査・診察料(保険3割) | 18,000円 | 保険診療 |
| 着床前診断PGT-A(自由診療) | 150,000円 | 自由診療 |
| 排卵誘発剤処方(保険3割) | 12,000円 | 保険診療 |
| 通院交通費(電車) | 15,000円 | 交通費 |
| 合計 | 312,000円 |
【高額療養費の適用確認】
保険診療分の自己負担合計=147,000円。妻の標準報酬月額により高額療養費の上限(例:57,600円)を超える場合、超過分が払い戻されます。
保険診療自己負担 = 90,000 + 27,000 + 18,000 + 12,000 = 147,000円
高額療養費払戻(仮)= 147,000 - 57,600 = 89,400円(補てん額)
【医療費控除の計算】
支払医療費合計 = 312,000円
補てん額(高額療養費)= 89,400円
差引医療費 = 312,000 - 89,400 = 222,600円
控除額 = 222,600 - 100,000 = 122,600円
還付税額(概算) = 122,600 × 20% = 24,520円
パターンB:顕微授精(保険)+2022年3月以前の自由診療費が残存
【前提条件】
– 2021年12月~2022年5月まで治療継続
– 総所得:450万円(税率10%)
| 費用項目 | 発生時期 | 金額 | 区分 |
|---|---|---|---|
| 旧制度・体外受精費用(2022年1~3月) | 2022年1~3月 | 300,000円 | 自由診療(全額対象) |
| 顕微授精・採卵術(保険適用後) | 2022年4~5月 | 120,000円 | 保険診療 |
| 通院交通費 | 通年 | 20,000円 | 交通費 |
| 合計 | 440,000円 |
支払医療費合計 = 440,000円
補てん額 = 0円(高額療養費未達と仮定)
差引医療費 = 440,000円
控除額 = 440,000 - 100,000 = 340,000円
還付税額(概算) = 340,000 × 10% = 34,000円
ポイント:2022年3月以前に支払った費用は全額が医療費控除の対象です。年をまたぐ治療でも、実際に支払った日(支払日基準)で計算年度が決まります。
パターンC:総所得200万円未満の特例適用ケース
【前提条件】
– パート主婦、年収130万円・総所得100万円
– 年間医療費(不妊治療)=80,000円(保険診療のみ)
総所得 × 5% = 100万円 × 5% = 50,000円(← 10万円未満なので特例適用)
控除額 = 80,000 - 50,000 = 30,000円
還付税額 = 30,000 × 5% = 1,500円
総所得200万円未満の方は、10万円未満でも医療費控除が使えます。少額でも必ず申告を検討してください。
3. 対象・非対象の判定チェックリスト
以下のチェックで「✅」がついた費用は医療費控除の対象です。
□ 医師・歯科医師が行う診療・治療の費用か?
□ 医師の指示・処方による薬剤費(保険薬局での購入)か?
□ 治療を目的とした入院・通院費か?
□ 治療に直接必要な通院交通費(公共交通機関)か?
□ 医学的必要性がある検査・手術か?
□ 保険診療の自己負担分か?
□ 保険適用前(2022年3月以前)の自由診療費か?
4. 申告書類の準備と記入方法
4-1. 必要書類一覧
| 書類名 | 入手先 | 備考 |
|---|---|---|
| 確定申告書(第一表・第二表) | 国税庁HPまたは税務署 | e-Taxでも可 |
| 医療費控除の明細書 | 国税庁HP(様式あり) | 2017年分から領収書提出不要(5年保管義務あり) |
| 医療費の領収書 | 各医療機関 | 提出不要だが5年間自宅保管必須 |
| 健康保険組合からの通知書 | 健保・協会けんぽ | 高額療養費・付加給付の金額確認 |
| 民間保険の給付金支払明細 | 保険会社 | 補てん額の確認用 |
| 交通費の記録(手帳・メモ) | 自己作成 | 通院日・経路・金額を記録 |
| 源泉徴収票 | 勤務先 | 所得・税額の確認 |
4-2. 医療費控除の明細書の記入ポイント
【医療費控除の明細書(主な記入欄)】
①医療を受けた方の氏名:患者本人 または 配偶者名
②病院・薬局等の名称:クリニック名(複数ある場合は1行ずつ)
③医療費の区分:「治療」「薬代」「その他」から選択
④支払った医療費:年間合計を記載
⑤うち生命保険や社会保険で補てんされる金額:高額療養費・保険給付額
混在ケースの記入ルール:保険診療分・自由診療分を同一クリニックであっても別行に分けて記載する必要はありません。同一機関への支払いは合算して記入できます。ただし補てん額(高額療養費)は保険診療分に紐づけて記載します。
4-3. e-Tax(電子申告)を使う場合の手順
- マイナンバーカードを準備
- 国税庁「確定申告書等作成コーナー」にアクセス
- 「医療費控除」を選択し、明細を入力
- 医療費集計フォームにCSVまたは手入力でデータ登録
- 源泉徴収票の数値を入力して還付額を自動計算
- 送信・受付番号を保存
5. 還付額シミュレーション
年間の不妊治療費と所得に応じた還付額の目安です。
| 年間医療費 | 総所得300万円(税率10%) | 総所得500万円(税率20%) | 総所得700万円(税率23%) |
|---|---|---|---|
| 50万円 | 40,000円 | 80,000円 | 92,000円 |
| 80万円 | 70,000円 | 140,000円 | 161,000円 |
| 120万円 | 110,000円 | 220,000円 | 253,000円 |
※補てん額ゼロ・住民税(10%)の還付は別途発生。実際の還付額は個別の税務計算によります。
6. 申請時の注意点とよくあるミス
❶ 高額療養費を補てん額に含め忘れる
最もよくあるミスです。健保から後日支給される高額療養費は、必ず補てん額として差し引く必要があります。申告後に健保から通知が来た場合、修正申告が必要になります。
❷ 混合診療の自由診療部分を全額控除対象と誤解する
2022年4月以降、保険診療と自由診療を同一周期に組み合わせた場合、保険診療を選択した回の自由診療部分については「医学的必要性」の有無が問われます。単なる希望による付加オプション(美容的要素を含む施術など)は対象外です。
❸ 交通費を過大計上する
タクシー代は「緊急性・身体的理由」がなければ原則対象外です。電車・バスの交通費は通院の記録(通院日の手帳メモ)を必ず残してください。領収書がなくても申告できますが、税務署から問い合わせが来ることがあります。
❹ 申告年度の誤り
医療費控除は支払った年に計上します。2023年12月に受けた治療でも、請求書が2024年1月払いなら2024年分(翌年の確定申告)に算入します。
❺ セルフメディケーション税制との選択を忘れる
医療費控除とセルフメディケーション税制(OTC薬品の特例)はどちらか一方しか選べません。不妊治療費が年10万円を超えるなら、通常の医療費控除の方が有利なケースがほとんどです。
7. よくある質問(FAQ)
Q1. 夫婦どちらの名義で申告すると得ですか?
A. 一般的には所得が多く税率が高い方が申告すると還付額が大きくなります。ただし、医療費はどちらの名義で払っても「生計を一にする者」の医療費として合算できます。夫婦の源泉徴収票を見比べて、課税所得・適用税率が高い方で申告しましょう。
Q2. 不妊治療助成金(都道府県・市区町村)は補てん額に含まれますか?
A. はい。国・都道府県・市区町村からの特定不妊治療費助成金は補てん額として差し引く必要があります。ただし、助成金の交付決定通知を受け取った年に補てん額として処理するのが原則です。
Q3. 流産後の手術費・入院費も医療費控除の対象ですか?
A. はい、対象になります。流産後の手術(子宮内容除去術など)・入院費は治療行為として医療費控除の対象です。不妊治療の一連の治療費と合算して申告できます。
Q4. 2022年3月以前の自由診療領収書を紛失した場合はどうすればいいですか?
A. クリニックに再発行を依頼してください。多くの医療機関は5~7年程度は診療記録・会計記録を保管しています。再発行が難しい場合は、クレジットカードの利用明細・通帳の引き落とし記録を補完資料として準備し、税務署に相談することをお勧めします。
Q5. 医療費控除の申告は5年さかのぼって申告できますか?
A. はい。還付申告(確定申告義務のない方の申告)は、申告できる年の翌日から5年以内に申告可能です(所得税法第122条)。2019年分であれば2024年末まで申告できます。サラリーマンで確定申告が不要な方は、5年分をまとめて申告することも認められています。
Q6. 着床前診断(PGT-A)は医療費控除の対象になりますか?
A. 医師の指示に基づく医学的必要性がある場合は対象となります。習慣流産・染色体異常のリスクが高いと医師が判断して実施する着床前診断は、治療の一環として控除対象となる可能性があります。ただし、税務署の判断によるケースもあるため、クリニックから医学的必要性を示す書類(診断書・説明書など)を取得しておくと安心です。
まとめ
2022年4月の保険適用化以降、不妊治療の医療費控除は「保険診療・自由診療の正確な仕分け」「高額療養費の控除処理」「医学的必要性の判定」という3つの壁がある複雑な手続きになりました。
申告の3ステップをまとめると:
- 領収書を保険診療・自由診療に仕分けし、高額療養費などの補てん額を確認する
- 計算式(支払医療費合計 – 補てん額 – 10万円)に当てはめて控除額を算出する
- 医療費控除の明細書と確定申告書を作成し、翌年3月15日までに申告する
還付申告であれば5年間さかのぼって申請できるため、過去に申告していない年がある方も、ぜひ今からでも領収書を整理してみてください。不明な点は最寄りの税務署の無料相談窓口(確定申告期は特設会場あり)や、不妊治療に詳しいFP・税理士に相談することをお勧めします。
本記事は2025年12月時点の法令・通達に基づいて作成しています。制度変更が生じた場合は国税庁ホームページおよび厚生労働省の最新情報をご確認ください。
よくある質問(FAQ)
Q. 2022年4月以降、保険診療と自由診療が混在している場合、医療費控除はどう計算しますか?
A. 領収書を保険診療・自由診療に分類し、それぞれを区分けして計算します。基本式は「(支払医療費合計-保険金等補てん額)-10万円」です。詳細な仕分け方法は対象・非対象判定チェックリストを参照してください。
Q. 着床前診断(PGT-A)などのオプション検査は医療費控除の対象になりますか?
A. 医師の指示に基づく医学的必要性がある場合は対象です。医学的必要性がない場合は非対象となります。診療明細書で内容確認し、医師に必要性を確認することが重要です。
Q. 2022年3月以前の体外受精費用と2022年4月以降の費用を混在させる場合、計算方法は異なりますか?
A. 基本的な計算式は同じですが、3月以前は全額自由診療、4月以降は保険診療が含まれる点が異なります。全体を年間医療費として合算し、10万円を超える部分が控除対象です。
Q. 配偶者の不妊治療費も医療費控除の対象に含められますか?
A. はい、生計を一にする配偶者の医療費は対象です。配偶者の治療費も合算して計算できます。別居中でも生活費送金があれば「生計を一にする」に該当します。
Q. 医療費控除の申告期限はいつまでですか?
A. 翌年1月1日から3月15日までです。ただし還付申告の場合は5年以内であれば申請できます。早期申告による還付金受取も可能です。

