「入院中に家族が亡くなってしまったけれど、払い過ぎた医療費は返ってくるの?」――そんな不安を抱える遺族の方は少なくありません。高額療養費の申請手続きが完了する前に被保険者が死亡した場合でも、相続人がその申請を引き継いで還付金を受け取ることができます。手続きは決して難しくありませんが、必要書類や申請期限を正しく把握していないと、せっかくの権利を失ってしまうケースがあります。
本記事では、制度の法的根拠から、必要書類・手続きの流れ・振込のタイミングまで、2024年最新情報をもとに完全解説します。ご自身の加入先(協会けんぽ・健保組合・国民健康保険)ごとの違いについても触れていますので、ぜひ最後までご確認ください。
被相続人の高額療養費は相続人が受け取れる?制度の基本を確認
| 加入先 | 申請期限 | 必要書類の特徴 | 相続人の権利 |
|---|---|---|---|
| 協会けんぽ | 診療日の翌月から2年以内 | 戸籍謄本、相続人であることの証明 | 被相続人の分を相続人が申請可能 |
| 健保組合 | 診療日の翌月から2年以内 | 遺産分割協議書、被保険者証のコピー | 相続財産として全相続人で共有 |
| 国民健康保険 | 診療日の翌月から2年以内 | 印鑑登録証明書、委任状 | 相続財産として相続人が請求 |
高額療養費とは、1か月の医療費の自己負担額が一定の限度額(自己負担限度額)を超えた場合に、その超過分が健康保険から払い戻される制度です。被保険者が亡くなった場合、この「払い戻しを請求する権利」はどうなるのでしょうか。
結論から申し上げると、相続人がその権利を引き継ぎ、還付金を受け取ることができます。これは偶然の恩恵ではなく、法律によって明確に保障された権利です。
なぜ相続人が申請できるのか?法的根拠をわかりやすく解説
相続人が申請できる根拠は、大きく2つの法律に基づいています。
① 民法第896条(権利義務の包括承継)
「相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する」
この規定により、被相続人が持っていた「高額療養費の還付を受ける権利(申請権)」は、死亡と同時に相続人へ移転します。被相続人が申請書を提出していなかった場合でも、相続人が新たに申請することが認められています。
② 健康保険法第105条(未支給給付)
健康保険法には、被保険者が死亡した場合に「まだ受け取っていない給付金」を遺族が受け取れる規定があります。高額療養費はこの「未支給給付」に該当し、保険者(協会けんぽ・健保組合・国民健康保険)は相続人からの申請を受け付ける義務を負います。
| 根拠法 | 条文・内容 |
|---|---|
| 民法第896条 | 相続人は被相続人の一切の権利義務を承継する |
| 健康保険法第105条 | 未支給の保険給付を遺族・相続人が受け取れる |
| 健康保険法第99条〜105条 | 高額療養費の支給に関する一連の規定 |
| 国民健康保険法第57条の2 | 国保加入者の高額療養費に関する規定 |
「未申請」でも問題なし?被相続人が手続き完了前に死亡したケース
よくある疑問として、「被相続人がまだ申請書を提出していなかった場合はどうなるの?」というものがあります。
答えは「問題ありません」です。 申請書の提出前であっても、高額療養費を受け取る「権利そのもの」はすでに発生しており、相続人がゼロから申請できます。
ただし、以下の3つのケースで手続きの内容が若干異なります。
| ケース | 状況 | 相続人の対応 |
|---|---|---|
| ケース① | 被相続人が一度も申請していない | 相続人が新規申請(必要書類に相続関係を証明する書類を追加) |
| ケース② | 被相続人が申請中(審査中)に死亡 | 審査完了後、保険者から相続人へ振込先変更の案内が来ることが多い |
| ケース③ | 還付金の振込先が被相続人名義口座で凍結 | 相続人名義の口座への振込先変更手続きが必要 |
申請できる相続人の範囲と優先順位
法定相続人の優先順位と「代表相続人」の選び方
高額療養費の還付金は被相続人の遺産の一部ですが、手続き上は代表相続人1名が申請を行うことが一般的です。保険者への申請では、他の相続人全員の委任状が不要なケースが多いものの、還付金は最終的に遺産分割協議の対象となります。
法定相続人の優先順位は以下のとおりです。
| 優先順位 | 相続人の区分 | 備考 |
|---|---|---|
| 配偶者 | 常に相続人(内縁関係は不可) | 他の相続人と常に共同相続 |
| 第1順位 | 子(養子・非嫡出子含む) | 子が先に死亡している場合は代襲相続 |
| 第2順位 | 直系尊属(父母・祖父母) | 子がいない場合のみ |
| 第3順位 | 兄弟姉妹 | 直系尊属もいない場合のみ |
ポイント: 協会けんぽや健保組合の申請書では「生計維持関係にあった遺族」を優先する独自ルールを定めている場合があります。申請前に加入先に確認しましょう。
相続放棄をした場合、還付金はどうなる?
相続放棄をした相続人は、高額療養費の還付金を受け取ることができません。相続放棄は「プラスの財産もマイナスの財産(借金)も含めて一切承継しない」という選択であるため、高額療養費申請権も同様に放棄したことになります。
ただし、以下の点に注意してください。
- 相続放棄の手続き期限は「相続を知った日から3か月以内」(民法第915条)
- 高額療養費の申請を先に行ってしまうと、「相続財産を処分した」とみなされ、相続放棄ができなくなるリスクがあります
- 借金などマイナスの財産が多い場合は、高額療養費の申請前に弁護士・司法書士に相談することを強く推奨します
対象となる医療費と自己負担限度額の計算方法
どの医療費が対象になるのか
高額療養費の還付対象となるのは、健康保険が適用される診療に限られます。以下の表で対象・非対象を確認してください。
| 区分 | 内容 | 対象/非対象 |
|---|---|---|
| 入院医療費(3割負担分) | 手術・検査・投薬など保険診療 | 対象 |
| 外来医療費 | 同月内の外来診察・処置 | 対象 |
| 歯科(保険診療分) | 虫歯治療など保険適用分 | 対象 |
| 調剤薬局の窓口負担 | 保険処方箋による薬代 | 対象 |
| 差額ベッド代 | 個室・特別室の室料差額 | 非対象 |
| 先進医療・自由診療 | 保険外診療全般 | 非対象 |
| 食事療養費の標準負担額 | 入院中の食事代の自己負担分 | 非対象 |
重要: 計算は同一月内(1日〜末日)・同一保険者・同一被保険者単位で行います。月をまたいだ場合は別々に計算します。
自己負担限度額の早見表(2024年度版)
自己負担限度額は、被保険者の所得区分によって異なります。
70歳未満の場合
| 所得区分 | 標準報酬月額の目安 | 自己負担限度額(月額) |
|---|---|---|
| ア(現役並み高所得) | 83万円以上 | 252,600円+(医療費-842,000円)×1% |
| イ | 53〜79万円 | 167,400円+(医療費-558,000円)×1% |
| ウ(一般) | 28〜50万円 | 80,100円+(医療費-267,000円)×1% |
| エ(低所得Ⅰ) | 26万円以下 | 57,600円 |
| オ(住民税非課税) | — | 35,400円 |
計算例(区分ウの場合):
医療費(保険適用分)が100万円、自己負担3割で支払い額が30万円の場合、
限度額 = 80,100円+(1,000,000円-267,000円)×1% = 87,430円
還付額 = 300,000円-87,430円 = 212,570円
70歳以上の場合(2024年度)
| 所得区分 | 外来(個人)限度額 | 外来+入院(世帯)限度額 |
|---|---|---|
| 現役並みⅢ(年収約1,160万〜) | 252,600円+1%加算 | 252,600円+1%加算 |
| 現役並みⅡ(年収約770〜1,160万) | 167,400円+1%加算 | 167,400円+1%加算 |
| 現役並みⅠ(年収約370〜770万) | 80,100円+1%加算 | 80,100円+1%加算 |
| 一般(年収約156〜370万) | 18,000円(年上限144,000円) | 57,600円 |
| 低所得Ⅱ(住民税非課税) | 8,000円 | 24,600円 |
| 低所得Ⅰ(年金収入80万円以下等) | 8,000円 | 15,000円 |
高額介護合算療養費も忘れずに確認
被相続人が介護保険サービスも利用していた場合、高額介護合算療養費制度の対象になる可能性があります。これは、同一世帯内で1年間(8月1日〜翌7月31日)の医療費と介護費の自己負担合計額が限度額を超えた場合に、超過分が払い戻される制度です。
相続人の申請作業と並行して、市区町村の介護保険窓口にも確認することをお勧めします。
相続人が高額療養費を申請するための必要書類一覧
共通の必要書類(すべての保険者で必要)
| 書類名 | 取得先・備考 |
|---|---|
| 高額療養費支給申請書(相続人用) | 保険者(協会けんぽ・健保組合・市区町村)の窓口またはウェブサイトからダウンロード |
| 被相続人の死亡を証明する書類 | 死亡診断書のコピー、または除籍謄本(市区町村役場) |
| 相続関係を証明する戸籍謄本 | 被相続人と相続人の関係がわかるもの(市区町村役場) |
| 相続人本人の身分証明書 | 運転免許証・マイナンバーカード等 |
| 相続人名義の振込先口座情報 | 通帳の写しまたはキャッシュカードの写し |
| マイナンバー関係書類 | 相続人のマイナンバーカードまたは通知カード+身分証 |
保険者別の追加書類
| 保険者 | 追加で必要になる可能性がある書類 |
|---|---|
| 協会けんぽ | 健康保険証(被相続人のもの)、「未支給の保険給付請求書」(別途用意) |
| 健保組合 | 組合独自の「未支給給付請求書」、場合によっては他の相続人の委任状 |
| 国民健康保険(市区町村) | 印鑑(認印)、「相続人代表者指定届」、遺産分割協議書のコピー(求められる場合あり) |
| 後期高齢者医療制度 | 「後期高齢者医療高額療養費支給申請書(相続人用)」、広域連合所定の書類 |
書類取得のコツ: 戸籍謄本・除籍謄本はセットで複数枚取得しておくと、準確定申告や相続手続きにも流用できて効率的です。
「限度額適用認定証」はどうする?
被相続人が「限度額適用認定証」を取得していた場合、死亡時点で有効期限内であっても、資格は失効します。ただし、高額療養費の申請自体には影響しません。すでに窓口で支払い済みの医療費を遡って還付してもらう形になります。
申請の手順と期限――2年の時効に注意
申請から振込までの流れ(ステップ別)
STEP 1:保険者への連絡(死亡後できるだけ早く)
↓
STEP 2:申請書類の取得・準備(1〜2週間程度)
↓
STEP 3:申請書類の提出(窓口・郵送)
↓
STEP 4:保険者による審査(提出から約1〜3か月)
↓
STEP 5:相続人名義の口座へ還付金が振込まれる
STEP 1:保険者への連絡
被保険者の死亡後、まず加入していた保険者(協会けんぽ支部・健保組合・市区町村の国保担当窓口)へ連絡し、「未支給の高額療養費の申請方法」を確認します。このとき、保険者から申請書類一式を送付してもらえる場合が多いです。
STEP 2:書類の準備
死亡診断書・戸籍謄本・除籍謄本などは、他の相続手続き(銀行口座解約・不動産名義変更など)でも必要になるため、複数枚取得しておくことを強くお勧めします。
STEP 3:申請書の提出
協会けんぽの場合は郵送でも申請可能です。書類に不備があると差し戻しになり、審査期間が延びます。提出前に書類チェックリストと照合しましょう。
STEP 4:審査期間の目安
| 保険者 | 審査・振込までの目安 |
|---|---|
| 協会けんぽ | 申請書類受理後、約2〜3か月 |
| 健保組合 | 約1〜2か月(組合によって異なる) |
| 国民健康保険 | 約1〜3か月(市区町村によって異なる) |
| 後期高齢者医療 | 約2〜3か月 |
申請期限(時効)は「診療月の翌月1日から2年間」
高額療養費の申請権の消滅時効は、健康保険法第193条により2年間と定められています。
時効の起算日: 高額療養費の支給事由(自己負担限度額超過)が生じた月の翌月1日から起算します。
| 例 | 診療月 | 時効完成日 |
|---|---|---|
| 例① | 2023年10月 | 2025年11月1日 |
| 例② | 2024年3月 | 2026年4月1日 |
注意: 「被相続人が死亡してから2年」ではなく、「診療月の翌月1日から2年」です。長期入院の場合、月ごとに時効の期限が異なることに注意しましょう。葬儀などで慌ただしい中でも、早めの申請を心がけてください。
よくある落とし穴とトラブル対処法
被相続人名義の口座に振込指示が出ていた場合
被相続人が生前に申請を完了し、還付金の振込先として自身の銀行口座を指定していた場合、死亡後は口座が凍結されるため振込が止まります。
この場合の対処法は以下のとおりです。
- 保険者に「被保険者が死亡した旨」を連絡する
- 「振込先変更届」を提出し、相続人名義の口座を新たに指定する
- 必要に応じて戸籍謄本・相続人の口座情報を追加提出する
複数の相続人がいる場合の分配問題
高額療養費の還付金は、あくまで被相続人の遺産の一部です。代表相続人1名が受け取った後、他の相続人との間で遺産分割協議を行う必要があります。
- 法定相続分に従って分割するか、遺産分割協議で別の分割方法を決定する
- 相続人間でトラブルにならないよう、受取金額と分配方法を書面で記録しておくことを推奨します
準確定申告との関係
被相続人の死亡年度において、高額療養費の還付金が「医療費控除」の計算に関わる場合があります。
- 被相続人の医療費として支払った金額から、受け取った高額療養費の還付金額を差し引いて医療費控除を計算します
- 準確定申告(被相続人の最終年度の確定申告)は相続を知った日から4か月以内に提出が必要です
- 高額療養費の申請が未完了でも、「見込み額」として控除計算に組み込むことが可能な場合があります(税理士に相談推奨)
加入制度別・申請先と問い合わせ先まとめ
被相続人の加入制度を確認する方法
| 確認方法 | 具体的な手順 |
|---|---|
| 健康保険証の確認 | 保険証に「発行者(保険者)」が記載されている |
| 年金・給与明細の確認 | 現役世代は勤務先または退職後の任意継続を確認 |
| 市区町村役場への問い合わせ | 国保・後期高齢者医療の加入状況を確認 |
加入制度別の申請先一覧
| 加入制度 | 申請先 | 電話相談窓口 |
|---|---|---|
| 協会けんぽ(全国健康保険協会) | 各都道府県支部 | 0120-514-455(コールセンター) |
| 健保組合 | 各健康保険組合 | 保険証裏面記載の番号 |
| 国民健康保険 | 住所地の市区町村役場 | 各市区町村の代表番号 |
| 後期高齢者医療制度 | 各都道府県後期高齢者医療広域連合(または市区町村窓口) | 各市区町村の担当窓口 |
| 共済組合 | 各共済組合 | 勤務先・元勤務先を通じて確認 |
よくある質問(FAQ)
被相続人が申請書を提出していなかった場合でも、相続人が申請できますか?
A. はい、申請できます。高額療養費の申請権は民法第896条に基づき相続財産として引き継がれるため、被相続人が生前に申請書を提出していなくても、相続人がゼロから申請可能です。ただし、「診療月の翌月1日から2年」という時効に注意してください。
申請は誰が行うべきですか?すべての相続人が署名しなければなりませんか?
A. 通常は代表相続人1名が申請を行います。協会けんぽ・国保では他の相続人全員の委任状を必須としていないケースが多いですが、健保組合によっては委任状を求める場合があります。申請前に保険者に確認してください。なお、還付金は被相続人の遺産として、最終的に相続人間で分配する必要があります。
還付金の振込まで、どのくらいかかりますか?
A. 書類が全て揃った状態で提出してから、約1〜3か月が目安です。書類に不備がある場合はさらに時間がかかります。早期に保険者へ連絡し、必要書類を確認したうえでまとめて提出することが、迅速な受取への近道です。
相続放棄をした場合、高額療養費の還付金も受け取れなくなりますか?
A. はい、受け取れなくなります。相続放棄はプラスの財産もマイナスの財産も含めて承継を拒否する行為のため、高額療養費の申請権も放棄したことになります。なお、高額療養費の申請を行うこと自体が「相続財産の処分」とみなされ、相続放棄ができなくなるリスクもあるため、借金等が多い場合は申請前に専門家に相談してください。
申請の時効(2年)が過ぎてしまいそうです。何か対処法はありますか?
A. 時効完成直前の場合、まず保険者に時効完成前に申請書を提出することが最優先です。郵送でも申請は可能ですが、消印日ではなく「到達日」で判断されるケースもあるため、余裕を持って手続きを進めてください。また、保険者によっては個別の事情を考慮する場合もあるため、事前に窓口へ相談することをお勧めします。
高額療養費以外にも、相続人が受け取れる医療関係の給付金はありますか?
A. はい、複数あります。以下をあわせて確認しましょう。
| 給付名 | 概要 | 申請先 |
|---|---|---|
| 高額介護合算療養費 | 医療費+介護費の年間合算超過分 | 保険者+市区町村 |
| 傷病手当金(未支給分) | 在職中の被保険者が対象 | 協会けんぽ・健保組合 |
| 埋葬料(埋葬費) | 被保険者死亡時に支給(5万円) | 協会けんぽ・健保組合 |
| 家族埋葬料 | 被扶養者死亡時に支給 | 協会けんぽ・健保組合 |
まとめ:手続きのチェックリスト
申請手続きを漏れなく進めるために、以下のチェックリストをご活用ください。
- [ ] 被相続人の加入保険(協会けんぽ・健保組合・国保・後期高齢者医療)を確認した
- [ ] 保険者へ死亡の事実を連絡し、申請書類を入手した
- [ ] 死亡診断書(または除籍謄本)を複数枚取得した
- [ ] 相続関係を証明する戸籍謄本を取得した
- [ ] 相続人名義の振込口座を準備した
- [ ] 診療月ごとの自己負担額を確認し、限度額超過月を把握した
- [ ] 申請書に必要事項を記入し、書類一式を提出した
- [ ] 高額介護合算療養費・埋葬料など他の給付金も確認した
- [ ] 準確定申告の医療費控除計算に還付見込み額を反映させた
- [ ] 時効(診療月の翌月1日から2年)を手帳やカレンダーにメモした
免責事項: 本記事は2024年時点の制度情報に基づいて作成しています。制度の詳細や個別事情については、加入している保険者・市区町村窓口・税理士・弁護士などの専門家にご確認ください。

