「傷病手当金をもらっていても、医療費控除の申請はできますか?」
病気やケガで長期間仕事を休んでいる方から、この疑問が多く寄せられます。結論から言えば、同時申告は完全に合法で、相殺も発生しません。傷病手当金を受け取りながら医療費控除を申請することで、社会保険からの生活保障と税負担の軽減を同時に受け取ることができます。
ただし、一点だけ絶対に避けなければならない落とし穴があります。それが「医療費の二重計上」です。この記事では、医療費控除と傷病手当金が同時申告できる法的な理由から、具体的な計算方法、申請書類の準備、さらには過去分の還付申告の方法まで、順番に丁寧に解説します。
医療費控除と傷病手当金は「別の制度」——相殺は発生しない
2つの制度の法的根拠と性質
医療費控除と傷病手当金は、根拠となる法律も、制度の目的も、お金の流れもまったく異なる制度です。まずここを正確に理解することが、同時申告を安心して行うための第一歩です。
医療費控除は、所得税法第120条および租税特別措置法第41条の3の3に根拠を持つ所得控除です。一定額を超えた医療費を課税所得から差し引くことで、納めすぎた所得税を還付してもらう税務上の仕組みです。申告先は税務署(確定申告または還付申告)であり、お金は国から戻ってきます。
傷病手当金は、健康保険法第99条から第102条に根拠を持つ社会保険給付です。業務外の病気やケガで就業できない期間の生活を支えるために、加入している健康保険組合または協会けんぽから支給されます。申告先は勤務先経由の健康保険であり、お金は社会保険から支払われます。
| 項目 | 医療費控除 | 傷病手当金 |
|---|---|---|
| 法的根拠 | 所得税法120条・租税特別措置法 | 健康保険法99条〜102条 |
| 制度の性質 | 所得控除(税務制度) | 社会保険給付 |
| 課税関係 | 課税所得を減らす | 非課税所得 |
| 申告・申請先 | 税務署 | 健康保険組合・協会けんぽ |
| 目的 | 医療費負担の税負担軽減 | 就業不能期間の生活保障 |
この表を見ると一目瞭然ですが、2つの制度は完全に独立した別個の仕組みです。一方を受け取ることが、もう一方の権利に影響することはありません。
「非課税」だから相殺されない
多くの方が「傷病手当金をもらっているから医療費控除が減らされるのでは」と誤解する理由は、医療費控除の計算に「補填される保険金等」を差し引くルールがあるからです。
確かに、医療費控除を計算するときは、民間の医療保険から受け取った給付金や、生命保険会社から受け取った入院給付金などは「補填される金額」として医療費から差し引かなければなりません(所得税法施行令第207条)。
しかし傷病手当金はこの「補填される保険金等」に該当しません。傷病手当金はあくまでも「就業不能期間の所得補償」であり、特定の医療費に対する補填ではないからです。医療保険の入院給付金が「入院という事実」に対して支払われるのに対し、傷病手当金は「働けないという状態」に対して支払われます。
このため、傷病手当金をいくら受け取っていても、医療費控除の計算式において差し引く必要はなく、満額の医療費控除を申請できます。
計算方法を完全解説——同時申告でいくら得になるか
医療費控除の基本計算式
医療費控除の控除額は、以下の計算式で求めます。
医療費控除額 = (実際に支払った医療費の合計)
- (補填される保険金等)
- 10万円(※)
※ 総所得金額等が200万円未満の場合は「総所得金額等 × 5%」
医療費控除の上限額は200万円です。
控除額が計算できたら、実際の税金の還付額は次のように求めます。
還付税額 = 医療費控除額 × 所得税率(5%〜45%)
傷病手当金受給者のリアルな計算例
具体的なケースで確認しましょう。
【前提条件】
– 会社員、年収400万円(給与所得290万円)
– 病気で3ヶ月(90日)休職
– 傷病手当金の受給額:月15万円 × 3ヶ月 = 合計45万円
– その年の医療費の総額:入院費・治療費・通院費合計 80万円
– 加入している民間の医療保険から受け取った給付金:20万円
– 所得税率:10%
【ステップ1】差し引く「補填される保険金等」を確認する
| 給付の種類 | 金額 | 医療費控除で差し引くか |
|---|---|---|
| 民間医療保険の入院給付金 | 20万円 | 差し引く |
| 傷病手当金 | 45万円 | 差し引かない |
傷病手当金は「補填される保険金等」に含まれないため、計算に影響しません。
【ステップ2】医療費控除額を計算する
医療費控除額 = 80万円(医療費総額)
- 20万円(民間医療保険の給付金のみ差し引く)
- 10万円(最低控除額)
= 50万円
【ステップ3】還付税額を計算する
還付税額 = 50万円 × 10%(所得税率)
= 5万円
この計算からわかるとおり、傷病手当金45万円は計算式に一切登場しません。傷病手当金を受け取っていない場合とまったく同じ還付額になります。
傷病手当金を「差し引かない」ことが誤解を生むケース
一方、民間の医療保険(生命保険会社の入院特約など)は差し引かなければなりません。「傷病手当金は差し引かなくていいのに、なぜ医療保険の給付金は差し引くのか」と疑問に思う方もいるでしょう。
その違いは給付の目的にあります。
- 民間の医療保険給付金:「治療・入院」という特定の医療費を補填する目的
- 傷病手当金:「就業不能」という収入損失を補填する目的
医療費控除の制度は「自分で負担した医療費」を控除の対象にしています。そのため、医療費そのものを補填するお金は差し引き、収入補償の性格を持つお金は差し引かない、というロジックになっています。
申請手順と必要書類——ステップごとに準備する
医療費控除の申請スケジュール
| 時期 | 作業内容 |
|---|---|
| 1月〜12月 | 医療費の領収書・明細書を保管し続ける |
| 1月上旬〜 | 勤務先から源泉徴収票を受け取る |
| 2月16日〜3月15日 | 通常の確定申告期間 |
| 1月1日〜5年間 | 還付申告(過去の年分の申告)は5年間さかのぼれる |
給与所得者で医療費控除のみを申告する場合は、通常の確定申告期間(2月16日〜3月15日)以外でも、1月1日から申告可能です。還付申告は最大5年前の分まで申告できるため、過去に申告し忘れていた年度があっても取り戻せます。
医療費控除に必要な書類
| 書類名 | 入手先 | 備考 |
|---|---|---|
| 確定申告書(第一表・第二表) | 税務署・国税庁ウェブサイト | e-Taxでも作成可 |
| 医療費控除の明細書 | 国税庁ウェブサイト | 領収書に代わる書類 |
| 医療費集計フォーム(任意) | 国税庁ウェブサイト | Excelで集計できる |
| 源泉徴収票 | 勤務先 | 給与所得者は必須 |
| 医療費の領収書 | 各医療機関 | 5年間の保管義務あり(提出不要) |
| 健康保険組合の医療費通知 | 健康保険組合・協会けんぽ | 代わりに使用可能 |
2017年以降、領収書の添付は不要になりました。「医療費控除の明細書」に記入・集計し、領収書は自宅で5年間保管すれば足ります。ただし税務署から提示を求められる場合があるため、必ず保管してください。
医療費控除の明細書の書き方(主要項目)
「医療費控除の明細書」には以下の内容を記入します。
① 医療を受けた方の氏名
② 病院・薬局等の名称
③ 医療費の区分(診療・治療/医薬品購入/その他)
④ 支払った医療費の金額
⑤ うち生命保険や社会保険などで補填される金額
→ 傷病手当金は「0円」と記入(補填の対象外)
→ 民間医療保険の給付金は記入が必要
ここで間違えやすいのが⑤の欄です。傷病手当金の金額を書いてしまう方がいますが、傷病手当金はこの欄に記入する必要はありません。記入してしまうと、本来差し引く必要のない金額を差し引いてしまい、還付額が減ってしまいます。
傷病手当金の申請手順(参考)
傷病手当金は医療費控除とは別途、以下の流れで申請します。
① 主治医に「傷病手当金申請書(療養担当者記載欄)」を記入してもらう
② 勤務先(事業主)に「事業主記載欄」を記入してもらう
③ 申請書一式を健康保険組合または協会けんぽへ提出
④ 待期期間3日間の確認後、4日目以降の休業分から支給
支給額の目安は次のとおりです。
1日あたりの傷病手当金 = 支給開始日以前12ヶ月間の標準報酬月額の平均額 ÷ 30日 × 2/3
例:標準報酬月額の平均が30万円の場合
→ 30万円 ÷ 30日 × 2/3 ≒ 6,667円/日
二重計上だけは厳禁——やってはいけないこと
「合法な両取り」と「違法な二重計上」の違い
同時申告が合法である一方で、絶対にしてはならないことがあります。それは医療費の二重計上です。
合法:傷病手当金と医療費控除の同時申告
→ 2つの制度が別個に存在し、それぞれの要件を満たして申請すること。問題なし。
違法:医療費控除において、保険で補填された医療費をそのまま申告すること
→ たとえば入院費10万円に対して民間医療保険から8万円を受け取った場合、差し引き後の2万円のみが医療費控除の対象です。8万円を差し引かずに10万円として申告することは不正申告にあたります。
具体的に注意すべき補填の例を挙げます。
| 補填の種類 | 医療費控除で差し引くか |
|---|---|
| 民間生命保険の入院給付金 | 差し引く |
| 民間医療保険の手術給付金 | 差し引く |
| 高額療養費として払い戻しされた金額 | 差し引く |
| 健康保険の付加給付金 | 差し引く |
| 傷病手当金 | 差し引かない |
| 出産育児一時金 | 差し引く(出産費用のみ) |
| 障害者手帳・障害年金 | 差し引かない |
高額療養費制度を利用している場合も注意が必要です。高額療養費の還付を受けた分は、実際に自己負担した金額から差し引いて計算します。
医療費控除対象外の費用を含めてしまうミス
もうひとつ多いミスが、控除対象外の費用を含めてしまうことです。
対象になる医療費(例)
– 病院・歯科・眼科などの診察料・治療費
– 入院費(食事療養費の自己負担分を含む)
– 処方された薬の費用
– 通院のための公共交通機関の費用(実費、領収書不要だが記録が必要)
– 医師の指示による松葉杖・補聴器などの購入費
対象にならない医療費(例)
– 健康診断・人間ドックの費用(病気が発見されて治療に進んだ場合は除く)
– 美容目的の整形・歯列矯正(歯科矯正は子どもの成長のためなら対象)
– 自費購入のサプリメント・ビタミン剤
– マッサージ・整体(医師の指示がない場合)
– 通院のためのタクシー代(緊急時や公共交通機関が使えない場合は例外的に可)
– 医療保険の保険料
所得が少ない年こそ医療費控除が有利になる理由
傷病手当金受給中は所得が下がる——控除の閾値に注目
傷病手当金を受給している期間は、給与が減少または停止しているケースが多く、その年の総所得金額等が低くなる傾向があります。ここに重要なポイントがあります。
医療費控除の計算式における最低控除額は次のとおりです。
差し引く最低額 = 次のいずれか低い方
① 10万円
② 総所得金額等 × 5%
たとえば休職によりその年の給与所得が120万円に下がった場合、
120万円 × 5% = 6万円 < 10万円
→ 差し引く額は「6万円」になる
通常年収400万円の方なら10万円の壁がありますが、休職した年に所得が下がると、6万円以上の医療費があれば控除の対象になります。医療費を多く支払い、かつ所得が下がっているという状況が重なる年は、医療費控除の恩恵が大きくなります。
セルフメディケーション税制との選択
医療費控除には「セルフメディケーション税制(特定一般用医薬品等購入費の医療費控除の特例)」という特例があります。ただし通常の医療費控除と同時に利用することはできず、どちらか一方を選択する必要があります。
長期入院や手術があった年は通常の医療費控除、医療費があまりかからず市販薬の購入が多い年はセルフメディケーション税制、というように年ごとに有利な方を選択してください。
よくある質問
Q1. 傷病手当金の金額を確定申告書に記入する必要はありますか?
A. 傷病手当金は非課税所得ですので、確定申告書に記入する必要はありません。給与所得が発生している場合は源泉徴収票の金額を記入しますが、傷病手当金の受給額は申告書のどこにも書かなくて構いません。ただし、住民税の申告については自治体によって取り扱いが異なる場合があるため、不安な場合は市区町村の窓口に確認してください。
Q2. 退職後に傷病手当金をもらっている場合も同時申告できますか?
A. はい、できます。退職後も要件を満たせば傷病手当金を継続受給できます(任意継続被保険者または被保険者期間1年以上の退職者)。退職後は給与所得がゼロになるため、確定申告が必要になるケースもありますが、その年に医療費が10万円(または総所得の5%)を超えていれば医療費控除も申請できます。
Q3. 過去5年分の医療費控除をまとめて申告できますか?
A. はい、還付申告は申告可能期間の初日(その年の翌年1月1日)から5年間さかのぼることができます。たとえば2025年の医療費控除は2030年12月31日まで申告できます。傷病手当金を受給していた過去の年度分も確認し、申告漏れがあれば取り戻すことを検討してください。
Q4. 家族の医療費と合算して申告できますか?
A. はい、本人・配偶者・生計を一にする親族の医療費を合算して申告できます。たとえば本人が傷病手当金を受給しながら入院している一方、子どもの歯科治療費がある場合は合算できます。所得が高い家族の名義で申告すると、適用される所得税率が高くなるため還付額が増えることがあります。
Q5. 国民健康保険(国保)に加入していますが、傷病手当金はありますか?
A. 原則として、国民健康保険には傷病手当金の制度がありません(一部の自治体が独自に設けている場合を除く)。ただし、医療費控除については国保・社会保険を問わず申告できます。
Q6. 傷病手当金をもらった年の住民税への影響はありますか?
A. 傷病手当金は非課税ですので、住民税の計算においても所得としてカウントされません。ただし医療費控除を申告することで課税所得が下がり、翌年の住民税が軽減されます。確定申告をすると住民税申告は不要です(税務署から市区町村へデータが連携されます)。
まとめ——同時申告で節約できるチェックリスト
医療費控除と傷病手当金の同時申告について、要点を整理します。
✅ 傷病手当金は非課税所得——医療費控除の計算に影響しない
✅ 2つの制度は別個の制度——同時申告は合法
✅ 傷病手当金は「補填される保険金等」に含まれない——差し引き不要
✅ 民間の医療保険給付金・高額療養費は差し引きが必要
✅ 医療費控除の明細書に傷病手当金を記入してはいけない
✅ 所得が下がった年は医療費控除の閾値(5%)が低くなる
✅ 過去5年分まで還付申告が可能
✅ e-Taxを使えばオンラインで申告完結・還付が早い
長期療養中の方にとって、医療費控除と傷病手当金の両方を確実に受け取ることは、家計を守る大切な手段です。「どうせ無理だろう」とあきらめる前に、この記事の手順をもとに一度計算してみてください。還付申告は5年間有効ですので、過去に申告していない年度がある方も、今からでも間に合います。
税務署の窓口やe-Tax、または税理士への相談も活用しながら、手続きを進めることをお勧めします。
本記事は2025年時点の税法・健康保険法に基づいています。税率・控除額・制度の詳細は変更される場合があります。個別の申告については最寄りの税務署または税理士にご相談ください。

