事業所得が赤字だった年に、医療費が多くかかってしまった――「どうせ赤字だから医療費控除を申告しても意味がない」と諦めていませんか?実は給与所得など他に黒字の所得があれば、赤字の年でも医療費控除は有効に機能します。一方、全ての所得が赤字だった場合でも、青色申告の「純損失の繰越控除」を正しく申告しておくことで翌年以降の税負担を大きく下げる道があります。この記事では、赤字年度の自営業者・フリーランスが医療費控除を最大限に活用するための申告手順・計算式・書類の書き方を徹底解説します。
赤字の自営業者が医療費控除を申告できる「条件」
医療費控除の大前提:課税される所得がなければ控除は機能しない
医療費控除は所得金額から一定額を差し引く「所得控除」の一種です(所得税法第73条)。差し引く対象となる「所得金額」がゼロ以下の場合、控除できる金額そのものがなくなるため、医療費控除は結果として意味を持ちません。
自営業者の「事業所得が赤字」という状況を数式で表すと次のようになります。
事業所得 = 事業収入 − 必要経費
→ 事業収入300万円 − 必要経費380万円 = −80万円(赤字)
この−80万円だけが所得のすべてであれば、医療費控除を申告しても課税所得は生まれず、還付金はゼロです。
「他の黒字所得がある」ケースなら申告できる
重要なのは、所得税は複数の所得を合算した「総所得金額」に課税されるという仕組みです。事業所得が赤字でも、以下のような黒字所得があれば損益通算(所得同士を合算・相殺すること)が行われ、合算後の所得金額がプラスになれば医療費控除が活きます。
| 所得の種類 | 具体例 | 赤字事業所得との損益通算 |
|---|---|---|
| 給与所得 | 副業・アルバイト・配偶者の給与(生計一の場合は対象外) | 可能 |
| 不動産所得 | 賃貸収入 | 可能(ただし土地取得利息は不可) |
| 配当所得 | 株式配当(総合課税を選択した場合) | 可能 |
| 雑所得 | 年金・副収入など | 不可(損失を生じさせることができない) |
ポイント:損益通算後の「総所得金額」がプラスであれば、そこから医療費控除を差し引いて課税所得を求めます。
「全所得が赤字」のケースでは別の対策を
事業所得が赤字で、かつ他の所得もない(または他の所得も赤字)場合、医療費控除を使った還付は発生しません。この場合は、青色申告の「純損失の繰越控除」を正しく申告しておくことが最優先の戦略になります(詳細はH2⑤で解説)。
損益通算の仕組みと医療費控除の計算式
損益通算の基本ステップ
損益通算は確定申告書の中で自動的に行われますが、計算の流れを理解しておくことが申告ミスを防ぐ鍵です。
【ステップ1】各所得を計算する
給与所得 :給与収入480万円 − 給与所得控除142万円 = 338万円
事業所得 :収入200万円 − 必要経費280万円 = −80万円
【ステップ2】損益通算(合算)する
338万円 + (−80万円) = 258万円(総所得金額)
【ステップ3】医療費控除額を計算する
医療費合計額 − 保険補填額 − 10万円(※)= 医療費控除額
例:35万円 − 5万円 − 10万円 = 20万円
※ 総所得金額の5%が10万円未満の場合は「総所得金額×5%」を使う
258万円 × 5% = 12.9万円 > 10万円 → 10万円を使用
【ステップ4】課税所得を計算する
総所得金額258万円 − 各種控除(基礎控除48万円+社会保険料控除等)
− 医療費控除20万円 = 課税所得
【ステップ5】還付額を算出する
課税所得 × 所得税率 = 本来の税額
既払い源泉徴収税額 − 本来の税額 = 還付金額
医療費控除額の計算式(詳細)
医療費控除額 = (支払った医療費合計 − 保険金等で補填された金額)
− MAX(10万円, 総所得金額×5%)
控除限度額:200万円
計算例①(事業赤字+給与所得あり)
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 給与所得 | 200万円 |
| 事業所得(赤字) | −120万円 |
| 損益通算後の総所得金額 | 80万円 |
| 支払った医療費合計 | 30万円 |
| 保険金補填額 | 5万円 |
| 差引後の医療費 | 25万円 |
| 控除の足切り額(80万円×5%=4万円 < 10万円 → 10万円) | 10万円 |
| 医療費控除額 | 15万円 |
| 適用税率(課税所得想定) | 5% |
| 節税額(概算) | 約7,500円 |
計算例②(総所得金額が低い場合に5%ルールが適用)
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 給与所得 | 50万円 |
| 事業所得(赤字) | −30万円 |
| 損益通算後の総所得金額 | 20万円 |
| 支払った医療費合計 | 15万円 |
| 保険金補填額 | 0円 |
| 控除の足切り額(20万円×5%=1万円 < 10万円 → 10万円) | 10万円 |
| 医療費控除額 | 5万円 |
注意:総所得金額が200万円以下の場合、「10万円の壁」ではなく「総所得金額×5%」が足切り額になります。低所得年は5%ルールのほうが控除しやすくなるケースがあります。
申告に必要な書類と準備するもの
必要書類一覧
| 書類名 | 入手先 | 備考 |
|---|---|---|
| 確定申告書(第一表・第二表) | 税務署・国税庁e-Tax | 2024年分は2025年3月17日(月)締切 |
| 青色申告決算書(青色の場合) | 国税庁ウェブサイト | 損失額の根拠となる書類 |
| 収支内訳書(白色の場合) | 国税庁ウェブサイト | 同上 |
| 医療費の明細書 | 国税庁ウェブサイト | 領収書の代わりに提出(領収書は5年間保管) |
| 医療費通知(医療費のお知らせ) | 健康保険組合・協会けんぽ | 明細書の代替として使用可 |
| 源泉徴収票 | 給与支払者(副業先等) | 給与所得がある場合 |
| 保険金支払通知書 | 生命保険会社・健康保険 | 補填された保険金額の確認 |
| マイナンバーカード(または通知カード+身分証) | — | 本人確認用 |
| 還付口座の通帳(銀行口座情報) | — | 還付金の受取口座 |
医療費の明細書の記入ルール
2017年(平成29年)以降、医療費控除の申請では領収書の提出は不要になりました。代わりに「医療費の明細書」を作成して申告書に添付します。
記入項目(1件ずつ記録する)
– 医療を受けた方の氏名
– 病院・薬局の名称
– 医療費の区分(診療・治療、医薬品の購入、その他)
– 支払った医療費の金額
– 保険金などで補填された金額
注意点:健康保険組合が発行する「医療費通知(医療費のお知らせ)」を添付する場合は、明細書への記載を省略できます。ただし通知に記載のない医療費は別途明細書に追記が必要です。
確定申告書の具体的な書き方
第一表・第二表への記入手順
① 事業所得の赤字を第一表に記入する
第一表「所得金額」欄の「事業(営業等)」の行に、赤字の場合はマイナスの金額をそのまま記入します(e-Taxでは自動計算されます)。
② 損益通算を確認する
給与所得がある場合、第一表の「所得金額の合計」欄で自動的に損益通算が反映されます。「合計」欄がマイナスになる場合は、後述の純損失申告の手続きが必要です。
③ 医療費控除額を第二表「所得から差し引かれる金額」欄に記入
第二表の「医療費控除」欄に計算した控除額を記入します。計算の根拠となる「医療費の明細書」は申告書に添付します。
④ 第一表の「課税される所得金額」欄を確認
損益通算後の総所得金額から基礎控除(48万円)・社会保険料控除・医療費控除などを差し引いた残額が課税所得になります。この金額がゼロ以下になれば還付申告として処理されます。
⑤ 損失申告書(第四表)の記入(純損失が残る場合)
損益通算後もなお損失が残る場合(純損失)、青色申告者は第四表(損失申告用)を作成して3年間の繰越を申告します。
e-Taxでの入力フロー(2025年度版)
- 国税庁「確定申告書等作成コーナー」にアクセス
- 「所得税の確定申告書(青色申告/白色申告)」を選択
- 収入・必要経費を入力 → 事業所得の赤字が自動計算される
- 給与所得を入力 → 損益通算が自動反映される
- 「所得控除の入力」画面で「医療費控除」を選択
- 医療費の明細を入力(または医療費通知データを読み込む)
- 控除額が自動計算される → 課税所得・還付額が表示される
- 第四表(損失がある場合)を入力して繰越申告を行う
全所得が赤字のとき:純損失の繰越控除と医療費控除の関係
純損失の繰越控除とは
青色申告者の場合、損益通算を行ってもなお損失(純損失)が残るときは、その損失額を翌年以降3年間にわたって繰り越し、翌年の所得から控除することができます(所得税法第70条)。
例:2024年の純損失 100万円
2025年の所得 300万円
− 繰越損失 100万円(2024年分)
= 差引後所得 200万円
→ この200万円から基礎控除・社会保険料控除・医療費控除を差し引いて課税所得を計算
純損失の繰越と医療費控除の最適な組み合わせ
全所得が赤字の年に医療費がかかった場合、その年の医療費控除は直接使えませんが、翌年以降に繰越損失と医療費控除を同時申告することで節税効果を最大化できます。
| 年 | 所得 | 繰越損失 | 医療費控除 | 課税所得 |
|---|---|---|---|---|
| 2023年 | −200万円(赤字) | — | 申告のみ(実効なし) | 0円 |
| 2024年 | 350万円 | −200万円を控除 | 20万円 | 130万円 |
注意:医療費控除は発生した年に申告しなければなりません。翌年に繰り越すことはできません。ただし、全所得が赤字で課税所得がゼロの場合は、医療費控除を申告しても還付は発生しないため、実質的な損失はありません(申告すること自体は問題ありません)。
白色申告者が赤字になったときの注意点
白色申告者は純損失の3年繰越ができません(変動所得・被災事業用資産の損失は例外)。赤字が続く見込みがある場合は、青色申告への切り替え(青色申告承認申請書を翌年3月15日までに提出)を強く推奨します。
| 比較項目 | 青色申告 | 白色申告 |
|---|---|---|
| 純損失の繰越 | 3年間可能 | 原則不可 |
| 青色申告特別控除 | 10万円〜65万円 | なし |
| 専従者給与の経費算入 | 上限なし(届出要) | 上限あり(配偶者86万円等) |
| 帳簿要件 | 複式簿記(65万円控除の場合) | 簡易帳簿 |
申告期限と還付申告の特例
通常の確定申告期限
2024年分(令和6年分)の申告期限:2025年3月17日(月)
※2025年3月15日が土曜日のため、翌々月曜日の3月17日が期限。
還付申告は5年間さかのぼれる
過去の年分で医療費控除の申告漏れがあった場合、申告期限(翌年3月15日)から5年間は更正の請求または還付申告が可能です。
| 年分 | 還付申告の期限 |
|---|---|
| 2020年分(令和2年分) | 2025年12月31日 |
| 2021年分(令和3年分) | 2026年12月31日 |
| 2022年分(令和4年分) | 2027年12月31日 |
| 2023年分(令和5年分) | 2028年12月31日 |
ただし:損失申告(純損失の繰越)は翌年3月15日の期限を過ぎると原則として認められません。損失がある年の申告は期限内に必ず行うことが必要です。
申告でよくあるミスとチェックリスト
赤字自営業者が陥りやすい5つのミス
ミス①:損益通算を忘れて「医療費控除は意味がない」と諦める
給与所得など他の黒字所得との損益通算を必ず確認しましょう。
ミス②:総所得金額を間違えて足切り額を誤計算する
損益通算後の金額を使って「10万円 vs 総所得金額×5%」を比較します。
ミス③:保険金補填額を差し引き忘れる
入院給付金・高額療養費として払い戻された金額は必ず差し引いてください。補填額を差し引かずに申告すると過大申告になります。
ミス④:純損失の繰越申告を忘れる
全所得が赤字の年でも確定申告書(+第四表)を期限内に提出しないと、翌年以降に繰越控除が使えません。
ミス⑤:市販薬・サプリメントを医療費に含める
医師の処方箋がない市販薬・ビタミン剤・健康食品は対象外です(セルフメディケーション税制とは別制度)。
申告前チェックリスト
- [ ] 損益通算後の「総所得金額」を計算した
- [ ] 足切り額(10万円 or 総所得金額×5%)を確認した
- [ ] 保険金・高額療養費の補填額をすべて把握した
- [ ] 医療費の明細書に全件記入した(1円単位)
- [ ] 源泉徴収票を手元に用意した
- [ ] 純損失がある場合は第四表を作成した
- [ ] e-Tax利用の場合はマイナンバーカードを準備した
- [ ] 還付金の振込口座情報を確認した
よくある質問
Q1. 事業所得が赤字で給与所得もない場合、医療費控除を申告する意味はありますか?
全所得が赤字で課税所得がゼロの場合、医療費控除による還付は発生しません。ただし、青色申告者であれば純損失の繰越申告を行うことで翌年以降の節税につながります。医療費控除の申告書類は翌年に繰り越せないため、その年の還付は0円でも「申告しておくこと」自体に損はありません。
Q2. 年の途中で廃業した場合、廃業前後の医療費は合算して申告できますか?
同じ暦年(1月1日〜12月31日)内の医療費であれば、廃業前後を問わず合算して申告できます。廃業後に再就職した場合も、年間の医療費合計から計算します。
Q3. 配偶者の医療費を私(自営業者)の申告に含めることはできますか?
生計を一にする配偶者・親族の医療費は、所得の多い方(または税率の高い方)がまとめて申告できます。赤字の自営業者より黒字の配偶者が申告したほうが節税効果が大きい場合は、配偶者側での申告を検討してください。
Q4. セルフメディケーション税制と医療費控除は同時に使えますか?
2025年分からはセルフメディケーション税制の対象が拡大されましたが、医療費控除とセルフメディケーション税制は選択適用(どちらか一方のみ)です。医療費が多くかかった年は通常の医療費控除、市販薬の支出が多い年はセルフメディケーション税制を選ぶなど、年ごとに有利なほうを選択してください。
Q5. 高額療養費制度を使った場合、医療費控除の計算はどうなりますか?
高額療養費として健康保険から払い戻された金額は「保険金等で補填された金額」として差し引きます。医療費が多くかかった月に高額療養費の申請を忘れていた場合は、まず申請を行って補填額を確定させてから医療費控除を計算してください。高額療養費の申請は診療月の翌月1日から2年以内に行えます。
Q6. 損失の繰越申告を忘れた年がありますが、後から申告できますか?
純損失の繰越申告は申告期限(翌年3月15日)を過ぎると原則として認められません。ただし、やむを得ない理由(災害等)がある場合は税務署への相談が可能です。申告漏れを防ぐため、赤字の年は必ず期限内に確定申告(第四表付き)を提出してください。
まとめ:赤字の自営業者が取るべき申告戦略
赤字年度の医療費控除対応は、以下の3パターンに分かれます。
| 状況 | 対応策 |
|---|---|
| 事業赤字+給与所得などの黒字あり | 損益通算後の総所得金額に医療費控除を適用して還付申告 |
| 全所得が赤字(純損失あり) | 青色申告で純損失を第四表に記載して3年間繰越申告 |
| 白色申告で赤字 | 翌年3月15日までに青色申告承認申請書を提出して切り替える |
医療費控除は申告漏れが多い制度のひとつです。損益通算の仕組みを正しく理解し、他に黒字の所得があれば必ず申告しましょう。全所得が赤字の年も「純損失の繰越申告」を忘れずに行い、翌年以降の税負担を最小化する戦略を立ててください。
申告に不安がある場合は、税務署の無料相談窓口(2025年2〜3月は特設会場あり)や税理士への相談を活用することをお勧めします。

