医療費が多くかかった年、「確定申告で医療費控除を申請したいけど、会社で給与所得控除が適用されているなら意味がないのでは?」と思っていませんか?
結論から言えば、医療費控除と給与所得控除は同時に適用できます。2つはまったく異なる控除体系に属しており、どちらか一方しか使えないというルールはありません。会社員・公務員でも、年末調整とは別に確定申告を行うことで医療費控除の還付を受けられます。
この記事では、2つの控除の仕組みの違いから、実際の申請手順・計算方法・注意点まで、図表を交えてわかりやすく解説します。
医療費控除と給与所得控除は何が違うのか
2つの控除が属する「体系」が根本的に異なる
税金の計算において「控除」には大きく分けて複数の種類があります。最初に押さえるべきは、医療費控除と給与所得控除はそもそも控除の種類(体系)が違うという点です。
| 項目 | 医療費控除 | 給与所得控除 |
|---|---|---|
| 根拠条文 | 所得税法第73条 | 所得税法第28条 |
| 控除の種類 | 所得控除(課税所得を減らす) | 収入から自動計算される必要経費相当の控除 |
| 計算の順番 | 給与所得控除の後に適用 | 給与収入から最初に差し引かれる |
| 適用のタイミング | 確定申告時(任意申請) | 給与計算時に自動適用 |
| 対象範囲 | 医療費に限定 | 給与収入全般 |
| 重複申告 | ✅ 可能(異なる体系) | ✅ 可能(相互に独立) |
所得税の計算は次の順序で行われます。
【税額計算の流れ】
給与収入
↓ ①給与所得控除を引く(自動)
給与所得
↓ ②各種所得控除を引く(基礎控除・社会保険料控除・医療費控除など)
課税所得
↓ ③所得税率を掛ける
所得税額
給与所得控除は①の段階で自動的に処理されるのに対し、医療費控除は②の段階で別途適用されます。つまり、給与所得控除を引いた後の金額(給与所得)から、さらに医療費控除を引けるという仕組みです。二重取りでも違法でもなく、制度として当然に認められた計算順序です。
給与所得控除は「ほぼ全員に自動適用される」控除
給与所得控除は、給与収入がある人全員に自動的に適用される控除です。サラリーマンの必要経費(スーツ代・資格取得費など)の代わりとして、収入に応じた一定額を控除する仕組みです。
2025年現在の給与所得控除額(所得税法第28条第3項)
| 給与収入(年収) | 給与所得控除額 |
|---|---|
| 162万5,000円以下 | 55万円(最低保障) |
| 162万5,001円〜180万円 | 収入×40%−10万円 |
| 180万1円〜360万円 | 収入×30%+8万円 |
| 360万1円〜660万円 | 収入×20%+44万円 |
| 660万1円〜850万円 | 収入×10%+110万円 |
| 850万1円以上 | 195万円(上限) |
たとえば年収500万円の会社員の場合:
500万円 × 20% + 44万円 = 144万円 が給与所得控除として自動的に差し引かれます。
医療費控除は「実費支出に基づく任意申請」の控除
医療費控除(所得税法第73条)は、実際に支払った医療費が一定額を超えた場合に、超えた金額を課税所得から差し引ける控除です。自動的には適用されず、確定申告によって自分で申請する必要があります。
控除額の計算式:
医療費控除額 = 年間医療費の合計額
− 保険金等で補填される金額
− 10万円(または総所得金額等の5%のうち少ない方)
控除限度額:年間200万円
「10万円か総所得金額の5%の少ない方」という基準について補足します。総所得金額が200万円未満の方は、10万円ではなく「総所得金額 × 5%」が基準額となります。
例:年収300万円の場合
– 給与所得控除後の給与所得:300万円 − 98万円 = 202万円
– 各種控除(基礎控除48万円等)を引いた総所得金額が200万円未満の場合 → 基準は5%
– 総所得金額200万円以上の場合 → 基準は10万円
会社員でも確定申告が必要な理由
年末調整で医療費控除は申請できない
会社員の税金の精算は、毎年12月の年末調整で行われます。しかし年末調整で対応できる控除は限られており、医療費控除は年末調整の対象外です。
年末調整で申請できる主な控除:
– 給与所得控除(自動)
– 基礎控除
– 配偶者控除・扶養控除
– 社会保険料控除
– 生命保険料控除・地震保険料控除
– 住宅借入金等特別控除(2年目以降)
医療費控除を受けるには、年末調整とは別に翌年の確定申告期間(原則2月16日〜3月15日)に確定申告を行う必要があります。ただし、還付申告(税金が戻ってくる申告)の場合は、1月1日から5年以内であればいつでも申請可能です。
年末調整済みの会社員が確定申告する際の注意点
年末調整が完了した後でも、確定申告は可能です。この場合、源泉徴収票の数字を確定申告書に転記した上で、医療費控除の明細を追加することになります。
年末調整で精算済みの内容(給与所得控除・基礎控除・社会保険料控除など)は確定申告書にも反映されるため、給与所得控除が二重に控除されることはありません。税務署側でも源泉徴収票の情報をもとに照合するため、重複計上の心配は不要です。
医療費控除の対象になる費用・ならない費用
対象となる主な医療費(所得税法施行令第207条)
| カテゴリ | 対象になるもの | 対象にならないもの |
|---|---|---|
| 診察・治療 | 病院・診療所・歯科の診察料、治療費 | 健康診断・人間ドック(疾患が見つかった場合は対象)、予防接種 |
| 医薬品 | 医師処方薬、治療目的の市販薬(風邪薬・胃腸薬など) | サプリメント・ビタミン剤・栄養補助食品 |
| 入院 | 入院費・入院中の食事代(標準負担額) | 個室差額ベッド代(任意選択)、見舞品 |
| 通院交通費 | 公共交通機関の実費(電車・バス) | 自家用車のガソリン代・駐車場代、原則タクシー代(緊急時は可) |
| 出産 | 出産費用・妊婦健診費用・不妊治療費 | 出産育児一時金で補填された部分 |
| 歯科 | 虫歯治療・歯周病治療・矯正(噛み合わせ矯正) | 審美目的の歯のホワイトニング・美容目的の矯正 |
| 介護 | 介護老人保健施設の費用、居宅サービス(一部) | 介護施設の食費・居住費の全額(一部のみ対象) |
| 不妊治療 | ✅ 2022年度から保険適用拡大・医療費控除対象 | — |
保険金等で補填される金額は控除から除く
生命保険の入院給付金・高額療養費・出産育児一時金などで補填された金額は、医療費から差し引いて計算します。
【計算例】
年間医療費合計:80万円
高額療養費として返戻:30万円
生命保険入院給付金:10万円
実質的な医療費負担:80万円 − 30万円 − 10万円 = 40万円
医療費控除額:40万円 − 10万円(基準額)= 30万円
ただし、補填される金額はその医療費に対応するもののみを差し引きます。たとえば入院給付金が医療費を超えた場合でも、その超過分を他の医療費から引く必要はありません。
実際の申請手順と必要書類
申請前に確認するチェックリスト
□ 年間医療費の合計が基準額(10万円または総所得金額の5%)を超えているか
□ 対象医療費の領収書・レシートを保管しているか
□ 通院交通費の記録(日付・経路・金額)をまとめているか
□ 保険金・高額療養費の受取額を把握しているか
□ 家族(生計を一にする配偶者・扶養家族)の医療費も合算できるか確認したか
ポイント:生計を一にする家族の医療費は合算可能
扶養家族に限らず、生計を一にしている家族(別居の親への仕送りが継続的にある場合なども含む)の医療費を合計して申請できます。
必要書類一覧
| 書類 | 入手先 | 備考 |
|---|---|---|
| 確定申告書(第一表・第二表) | 国税庁ウェブサイト・税務署 | e-Taxで作成も可 |
| 医療費控除の明細書 | 国税庁ウェブサイト・税務署 | 手書き可。領収書の代わりに提出 |
| 源泉徴収票(原本) | 勤務先から年末〜翌1月に交付 | 給与所得・源泉徴収税額を確認 |
| 医療費の領収書 | 医療機関・薬局 | 2023年4月以降は提出不要(5年間の自宅保管が義務) |
| 健康保険組合の医療費通知書 | 健康保険組合から送付 | 明細書に活用可(任意) |
| 通院交通費のメモ・記録 | 自作で可 | 日付・医療機関・交通手段・金額を記載 |
| マイナンバー確認書類 | マイナンバーカード等 | 本人確認のため |
| 還付口座の情報(通帳等) | — | 還付金の振込先 |
申請ステップ(e-Tax推奨)
ステップ1:医療費明細書を作成する
医療機関ごと・月ごとに医療費を集計し、国税庁が提供する「医療費控除の明細書」に記入します。健康保険組合から送られてくる「医療費通知書」を活用すると入力を省力化できます。
ステップ2:確定申告書を作成する
国税庁の「確定申告書等作成コーナー」(e-Tax)にアクセスし、源泉徴収票の数字を入力します。医療費控除の金額を入力すると、還付金額が自動計算されます。
ステップ3:申告書を提出する
– e-Tax(オンライン):マイナンバーカード+スマートフォン(またはICカードリーダー)があれば自宅から提出可能。最も手軽で、還付も早い。
– 書面提出(郵送・持参):税務署の窓口または郵送で提出。
ステップ4:還付金の受け取り
e-Taxで申告した場合、約3週間〜1か月程度で指定口座に還付されます。書面提出の場合は1〜2か月程度かかります。
還付額の計算方法と具体的なシミュレーション
還付額の計算式
還付額 = 医療費控除額 × 所得税率(+復興特別所得税2.1%)
医療費控除は「税額控除」ではなく「所得控除」のため、控除額そのものが戻るのではなく、控除額に税率を掛けた分が戻ります。所得が高いほど税率も高くなるため、還付額も大きくなります。
所得税率の早見表(2025年現在)
| 課税所得(医療費控除適用後) | 税率 |
|---|---|
| 195万円以下 | 5% |
| 195万1円〜330万円 | 10% |
| 330万1円〜695万円 | 20% |
| 695万1円〜900万円 | 23% |
| 900万1円〜1,800万円 | 33% |
| 1,800万1円〜4,000万円 | 40% |
| 4,000万円超 | 45% |
計算シミュレーション(年収500万円の会社員の場合)
【前提条件】
・年収:500万円
・給与所得控除:144万円(500万円×20%+44万円)
・給与所得:356万円
・基礎控除:48万円
・社会保険料控除:71万円(概算)
・年間医療費:40万円(補填なし)
【計算手順】
① 給与所得:500万円 − 144万円 = 356万円
② 課税所得(医療費控除前):356万円 − 48万円 − 71万円 = 237万円
③ 医療費控除額:40万円 − 10万円 = 30万円
④ 課税所得(医療費控除後):237万円 − 30万円 = 207万円
⑤ 所得税率:207万円 → 10%の税率ゾーン
⑥ 所得税の還付額目安:30万円 × 10% = 3万円
※復興特別所得税(2.1%)を含めると:30,630円
⑦ 住民税の軽減額:30万円 × 10% = 3万円(翌年の住民税が減少)
【合計節税効果】
所得税還付:約30,630円
住民税軽減:約30,000円(翌年)
合計:約60,630円
住民税の軽減は自動計算
確定申告書を提出すると、その情報が自動的に市区町村に連携されます。翌年6月からの住民税の計算に医療費控除が反映されるため、別途申請は不要です。
セルフメディケーション税制との関係(選択制に注意)
医療費控除と似た制度として「セルフメディケーション税制」があります。2017年に創設されたこの制度は、特定の市販薬(スイッチOTC医薬品)の購入費が1万2,000円を超えた場合に、超えた分(上限8万8,000円)を控除できる仕組みです。
重要:医療費控除とセルフメディケーション税制は選択制
同一年分について、どちらか一方しか選択できません。年間医療費の合計が10万円を超える場合は通常の医療費控除が有利ですが、医療費は少なくて市販薬の購入が多い場合はセルフメディケーション税制が有利なケースもあります。
| 比較項目 | 医療費控除 | セルフメディケーション税制 |
|---|---|---|
| 対象 | 医療費全般 | 特定のスイッチOTC医薬品のみ |
| 基準額 | 10万円(または所得の5%) | 1万2,000円 |
| 上限 | 200万円 | 8万8,000円 |
| 要件 | 特になし | 健康診断等の受診が必要 |
給与所得控除との関係でいえば、セルフメディケーション税制も給与所得控除とは独立して適用できます。いずれも年末調整では対象外のため、確定申告が必要です。
よくある誤解と注意点のまとめ
「給与所得控除があるから医療費控除は申請できない」という誤解
これは最もよくある誤解です。2つは控除の種類(体系)がまったく異なるため、どちらも適用できます。給与所得控除は収入から差し引く「所得計算の前提」であり、医療費控除はその後の課税所得からさらに引ける「所得控除」です。実際に、国税庁の統計によれば、毎年1,000万件以上の医療費控除申告が会社員から寄せられています。
「年末調整が終わったから申請できない」という誤解
年末調整後でも確定申告は可能です。還付申告の場合は申告期限(2月16日)を待つ必要もなく、1月1日から5年以内(過去5年分まで遡及可能)であれば申請できます。
領収書を捨ててしまった場合
2023年4月以降、医療費の領収書は確定申告書への添付・提示が不要になりました。ただし、税務署から求められた際に提示できるよう、5年間の保管義務があります。紛失した場合でも、健康保険組合の医療費通知書や医療機関への問い合わせで一部補完できるケースがあります。
「家族の医療費は申請できない」という誤解
生計を一にする家族(配偶者・子・両親等)の医療費は、自分の医療費と合算して申請できます。扶養控除の対象かどうかは関係ありません。
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よくある質問(FAQ)
Q1. 会社員で年末調整済みでも医療費控除の確定申告はできますか?
はい、できます。年末調整は医療費控除に対応していないため、別途確定申告を行う必要があります。源泉徴収票を手元に用意し、確定申告書に転記した上で医療費控除の明細書を添付して申告してください。
Q2. 医療費控除の申請期限はいつまでですか?
通常の確定申告期間は2月16日〜3月15日ですが、医療費控除は「還付申告」に該当するため、申告対象年の翌年1月1日から5年以内であれば申告できます。過去の医療費が多かった年分を遡って申請することも可能です。
Q3. 医療費控除でいくら戻りますか?
医療費控除額(10万円を超えた部分)に、ご自身の所得税率を掛けた金額が還付されます。年収500万円の方で医療費控除額30万円の場合、所得税還付は約3万円(+住民税軽減3万円)が目安です。所得が高いほど税率が高くなるため、還付額も増えます。
Q4. 市販薬は医療費控除の対象になりますか?
治療・療養を目的に購入した市販薬(風邪薬・胃腸薬・鎮痛剤など)は対象になります。ただし、サプリメント・ビタミン剤・栄養ドリンクは対象外です。購入時の領収書を保管しておきましょう。
Q5. 給与所得控除と医療費控除を両方申請すると税務署に怪しまれますか?
まったく心配不要です。2つは法律で定められた独立した控除であり、会社員が確定申告で医療費控除を申請することは一般的かつ合法な手続きです。年間1,000万件以上の医療費控除の申告が行われています。
Q6. 歯の矯正費用は医療費控除の対象になりますか?
噛み合わせの改善など医療上の必要性がある矯正治療は対象になります。ただし、審美目的(見た目を整えるだけ)の矯正は対象外とされています。子どもの成長期における歯列矯正は一般的に医療費控除の対象と認められています。
Q7. 不妊治療の費用は申請できますか?
はい、不妊治療費は医療費控除の対象です。2022年4月から不妊治療の一部が健康保険適用となりましたが、保険適用外の治療費も含めて医療費控除の申請が可能です。保険適用された部分は自己負担額(3割等)のみが対象となります。
まとめ
- 医療費控除と給与所得控除は完全に別体系の控除であり、同時に適用できる
- 給与所得控除は収入から自動計算される「収入の必要経費相当」の控除、医療費控除は実費に基づく「所得控除」
- 会社員でも年末調整とは別に確定申告を行うことで医療費控除の還付を受けられる
- 還付額は「医療費控除額 × 所得税率」で計算。住民税の軽減効果も加わる
- 申告期限は翌年1月1日から5年以内(還付申告)
- セルフメディケーション税制との選択制に注意
- 領収書の提出は不要だが、5年間の保管義務がある
医療費が多かった年は、必ず申告することで数万円単位の節税が実現できます。e-Taxを使えば自宅から30分程度で申告書を作成・提出できるため、ぜひ活用してください。申告に不安がある場合は、各地の税務署が2〜3月に開設する「申告相談会」や、税理士への相談も有効な選択肢です。

