海外旅行や出張の途中で急に病気になったりけがをしたりして、現地の医療機関で治療を受け、医療費を全額自分で払った場合は、帰国後に加入している健康保険へ申請すると「海外療養費」として一部が払い戻されます。ただし、戻ってくるのは海外で払った額ではありません。日本の保険診療で同じ治療を受けたと仮定して計算した額(海外で実際に払った額のほうが低ければその額)から、自己負担分を差し引いた額です。治療を受けることを目的に渡航した場合や、日本で保険がきかない治療は対象になりません。
この記事は、海外で医療費を払って「いくら戻るのか」「何を現地でもらっておけばよいのか」「いつまでに申請すればよいのか」と迷っている本人・家族の方と、その相談を受ける医療機関の医事課や健康保険組合の担当者の方に向けたものです。手続きの細かい部分は全国健康保険協会(協会けんぽ)の案内をもとに説明しています。健康保険組合や国民健康保険に加入している方は、加入先の様式と提出先を確認してください。
誰が対象か:加入者本人と家族、旅行中・赴任中の急な病気やけが
海外療養費は、健康保険法の「療養費」(保険医療機関以外で診療を受けて全額を払った場合などに、保険者がやむを得ないと認めたとき、あとから現金で払い戻す給付)を海外での治療に当てはめたものです。法律上は健康保険法第87条にもとづき、被扶養者(加入者に扶養されている家族)の分は第110条で同じ規定が準用されています。国民健康保険では国民健康保険法第54条、後期高齢者医療制度では高齢者の医療の確保に関する法律第77条にもとづいて、同じように海外療養費が支給されます。
協会けんぽは、海外療養費を「海外旅行中や海外赴任中に急な病気やけがなどによりやむを得ず現地の医療機関で診療等を受けた場合」に一部が払い戻される制度と説明しています。対象になるかどうかは、次の2つの要件で判断します。
| 判断のポイント | 対象になる例 | 対象にならない例 |
|---|---|---|
| (1) 日本国内で保険診療として認められている医療行為か | 日本でも保険で受けられる診察・検査・投薬・入院など | 美容整形、インプラントなど日本で保険適用になっていない医療行為や薬 |
| (2) 治療を目的に海外へ渡航したのではないか | 旅行・出張・赴任中に急に発症した病気やけが | 治療を受けるために渡航した場合。日本では実施できない治療を受けた場合も対象外 |
(2)について、協会けんぽは「日本で実施できない診療(治療)を行った場合でも、保険給付の対象とはなりません」と明記しています。なお、協会けんぽの案内には、臓器移植による申請の場合の添付書類も示されています。日本臓器移植ネットワークの登録証明書の写し、海外の施設に入院していた間の経過記録の写し、そして「海外で移植を受けない限り生命の維持が不可能となるおそれが高いこと」などについて主治医(学会認定の移植認定医)が作成し、部門長または施設長が署名した海外の施設への紹介状の写しです。
支給額はどう決まるか:「日本で治療した場合の額」が上限、為替は支給決定日
支給額の計算は、次の順番で進みます。海外の医療費が日本より高い国では、支給額が実際の支払額を大きく下回ることがあります。協会けんぽも、医療体制や治療方法の違いから、海外で払った総額から自己負担相当額を引いた額より支給額が大幅に少なくなることがあると注意を促しています。
- 海外で受けた治療内容を、日本の保険診療の基準に当てはめて費用を計算します(健康保険法第87条第2項・第3項)。
- その額と、海外で実際に支払った額を比べ、低いほうを基準額にします。法律上も、算定額は「現に療養に要した費用の額」を超えることができないとされています。
- 基準額から自己負担相当額を差し引いた額が支給額になります。被保険者本人の自己負担割合は、70歳に達する日の属する月以前は3割、その翌月以後は2割(一定以上の報酬がある人は3割)です(同法第74条第1項)。
- 外貨で払った医療費は、支給決定日の外国為替換算率(売レート)で円に換算します。治療を受けた日や支払った日のレートではありません。
入院中の食事については、食事にかかる費用から食事療養標準負担額を差し引いた額を基準にする定めになっています(同法第87条第2項)。
数字の動きをつかむために、仮の数字で計算の流れを示します(下の金額はすべて説明用の仮定で、実際の算定額は保険者の審査で決まります)。
| 項目 | 仮の金額 | 考え方 |
|---|---|---|
| 海外で支払った額 | 5,000米ドル | 領収書・様式Bに記載された額 |
| 支給決定日の売レートで円に換算 | 75万円(1ドル=150円と仮定) | 換算は支給決定日のレート |
| 日本の保険診療に当てはめた算定額 | 30万円 | 保険者が様式Aなどの診療内容から計算 |
| 基準額(低いほう) | 30万円 | 75万円と30万円を比べて低いほう |
| 自己負担相当額(70歳未満の本人・3割) | 9万円 | 30万円×3割 |
| 海外療養費の支給額 | 21万円 | 30万円-9万円 |
| 手元に残る負担 | 54万円 | 75万円-21万円。この額がそのまま高額療養費の対象になるわけではありません(後述) |
家族(被扶養者)が受診した場合の自己負担の割合は年齢などで変わるため、加入先の保険者の案内で確認してください。
何を集めるか:現地の医師に書いてもらう書類と翻訳
海外療養費の審査は、現地の医療機関が証明した書類にもとづいて行われます。帰国後に取り寄せるのは手間がかかるため、可能であれば現地にいるうちに様式を渡して記入を頼んでおくと手続きが進めやすくなります。協会けんぽの場合、必要な書類は次のとおりです。
| 書類 | 誰が用意するか | 注意点 |
|---|---|---|
| 海外療養費支給申請書 | 申請者 | 受取代理人の欄は、後述の受け取り方法に関係します |
| 様式A・診療内容明細書(医科)/様式C・歯科診療内容明細書(歯科) | 現地の担当医 | 傷病名や疾病分類番号は必ず記載してもらいます。様式Aは英語・韓国語・中国語・タイ語・ベトナム語・スペイン語・ポルトガル語、様式Cは英語・韓国語・中国語・スペイン語・ポルトガル語の様式が用意されています |
| 様式B・領収明細書 | 現地の医療機関 | 通貨単位を必ず記載してもらいます |
| 領収書の原本とその日本語訳 | 申請者(翻訳) | 原本が必要です |
| 様式A(またはC)とBの日本語訳 | 翻訳者 | 翻訳者が署名し、住所と電話番号を明記します |
| 海外渡航期間が確認できる書類 | 申請者 | パスポートのコピー(氏名・顔写真のページと、その期間の出入国スタンプのページ)、査証(ビザ)のコピー(氏名と有効期限が記載されたもの)、航空チケットのコピー(eチケット控えを含む)のいずれか |
| 同意書 | 受診した本人 | 保険者が現地の医療機関に診療内容を照会する場合があるための同意書 |
| 状況に応じた書類 | 申請者 | けがの場合は負傷原因届、第三者の行為による場合は第三者行為による傷病届、仕事中・通勤中の傷病で労災を請求中の場合は労働基準監督署への照会に関する同意書など |
様式A~Cには記入のルールがあります。証明は1か月ごと、受診者ごと、医療機関ごと、入院・外来ごとに1枚ずつ必要で、被保険者や受診者本人が記入することはできず、担当医に記入と署名を依頼します。同じ項目と内容が書かれていれば医療機関独自の様式でもかまいませんが、日本語訳は必ず添付します。
渡航期間が確認できる書類と同意書は、申請のたびに提出が必要で、協会けんぽは添付漏れが多いと注意しています。厚生労働省も、海外療養費の不正請求への対策として、保険者にこうした確認を求めています。厚生労働省の通知は、パスポート等で渡航の事実と、療養が渡航期間内に行われたことを確認することや、保険者が必要と認めるときは添付された翻訳とは別に翻訳を行って内容を確かめることを示しています。
どこへ、いつまでに出すか:提出先・期限・受け取りまで
| 項目 | 内容(協会けんぽの場合) |
|---|---|
| 提出先 | 協会けんぽ神奈川支部の海外療養費グループ。ほかの支部に出しても神奈川支部に回送されます。電子申請も利用できます |
| 申請期限 | 海外で治療費を支払った日の翌日から2年。過ぎると時効により申請できなくなります |
| 審査期間 | 通常、数か月かかります。被保険者や医療機関等に照会することがあります |
| 受け取り方法 | 海外への直接送金はできません。事業主か日本に住む家族に受け取りを委任します |
2年という期限は、健康保険法第193条第1項が、保険給付を受ける権利などについて「これらを行使することができる時から二年を経過したときは、時効によって消滅する」と定めていることによるものです。療養費の時効の起算日について、厚生省(当時)は、療養費の請求権が発生して行使できるようになった日の翌日から数え、費用を支払った場合はその支払日の翌日が起算日になるという解釈を示しています。治療日ではなく支払日が基準になるため、退院後にまとめて精算した場合などは領収書の日付を確認しておくと安心です。期限を過ぎてしまった場合の考え方は「高額療養費の時効2年を過ぎたら?期限切れの対処法」でも扱っています。
健康保険組合や国民健康保険では、申請書の名称・提出先・受け取り方法が協会けんぽと異なることがあります。案内する担当者は、加入先の保険者の様式を確認したうえで説明してください。
高額療養費との関係:対象になるのは「国内基準での自己負担分」
高額療養費(1か月の自己負担が上限額を超えたとき、超えた分を払い戻す制度)について、健康保険法第115条は、療養費の支給を受けた人も支給対象に含めています。このときの自己負担の額は、療養に要した費用の額から療養費として支給される額を差し引いた額とされています。具体的な計算は健康保険法施行令第41条第1項で定められており、療養費の場合は「当該療養につき算定した費用の額(現に要した費用の額を超えるときは、現に要した費用の額)」から療養費の支給額を差し引いた額が、高額療養費の計算に入ります。つまり、高額療養費の計算に入るのは、前の例でいえば自己負担相当額の9万円です。手元に残る54万円のうち、日本の基準を超えた45万円の部分は高額療養費の計算に入りません。
高額療養費の制度は2026年に見直されています。厚生労働省によると、2026年(令和8年)8月から月額の負担上限額が見直され、新たに年単位の上限額(「年間上限」)が設けられました。年間上限の「年間」は8月から翌年7月までを指します。さらに2027年(令和9年)8月からは所得区分の細分化が予定されています。2026年8月以降の診療分は、改正後の上限額で計算されることになります。上限額の具体的な金額は年齢や所得で異なるため、加入先の案内で確認してください。
海外での治療を高額療養費の対象として申請する流れは「海外医療費は高額療養費の対象?帰国後の申請を解説」で、帰国後に日本の医療機関で治療を続けた場合の合算の考え方は「海外治療後の追加治療で高額療養費は使える?申請手順と計算法」で詳しく説明しています。
よくある質問
Q. 円安になると、受け取る額は変わりますか。
変わることがあります。外貨で払った医療費は、支払った日ではなく支給決定日の外国為替換算率(売レート)で円に換算されます。ただし、支給額は日本の保険診療の基準で算定した額が上限になるため、換算後の支払額が算定額を上回っている限り、基準額は算定額のままで、レートが動いても支給額は変わりません。
Q. 家族旅行で子どもが現地の病院にかかりました。家族の分も申請できますか。
申請できます。被扶養者の療養には健康保険法第87条が準用されており(第110条第7項)、厚生労働省の通知でも、被保険者または被扶養者が海外で療養を受けた場合の療養費を海外療養費としています。様式A~Cは受診者ごとに1枚ずつ必要です。
Q. 現地の病院で様式Aを書いてもらえず、帰国してしまいました。
協会けんぽの様式A~Cは、被保険者や受診者が自分で記入することはできず、担当医の記入と署名が必要です。帰国後に医療機関へ依頼して取り寄せることになります。医療機関独自の様式でも、同じ項目と内容が記載されていれば使えますが、その場合も日本語訳の添付が必要です。申請期限は支払日の翌日から2年なので、早めに依頼してください。
Q. 日本では受けられない治療を受けるために渡航した場合は対象になりますか。
対象になりません。治療を目的に海外へ渡航して受けた診療は支給対象外で、日本で実施できない治療であっても保険給付の対象にはならないと協会けんぽは説明しています。なお、臓器移植による申請については、協会けんぽの案内に前述の添付書類が示されています。
💡 実務で限度額を判定する立場の方へ。2026年8月改正の所得区分・世帯合算・年間上限をまとめた実務チェックガイドを無料で配布しています。
まとめ
- 海外療養費は、旅行・出張・赴任中に急な病気やけがでやむを得ず現地で受けた治療が対象です。治療目的の渡航や、日本で保険がきかない治療は対象外です。
- 支給額は「日本の保険診療で算定した額(実際の支払額のほうが低ければその額)-自己負担相当額」で、外貨は支給決定日の売レートで換算します。
- 現地の担当医に様式A(歯科は様式C)と様式Bを証明してもらい、翻訳者の署名入りの日本語訳、領収書原本、渡航期間がわかる書類、同意書を添えて申請します。
- 申請期限は、海外で治療費を支払った日の翌日から2年です(健康保険法第193条)。
- 高額療養費の計算に入るのは国内基準での自己負担相当分です。2026年8月から月額上限の見直しと年間上限の新設が行われています。
出典
- 健康保険法 第74条第1項、第87条、第110条、第115条、第193条
- 健康保険法施行令 第41条第1項
- 国民健康保険法 第54条、高齢者の医療の確保に関する法律 第77条(「海外療養費の不正請求対策等について〔国民健康保険法〕」平成25年12月6日保国発1206第1号・保高発1206第1号による)
- 全国健康保険協会(協会けんぽ)「海外療養費|給付と手続き」
- 厚生労働省「海外療養費の不正請求対策等について」(平成25年12月6日保保発1206第1号・第2号)
- 厚生労働省「海外療養費及び海外出産に係る出産育児一時金等の支給の適正化に向けた対策等について」(平成31年4月1日保保発0401第2号、令和5年5月24日保保発0524第1号による改正後)
- 「療養費の請求権消滅時効の起算日について」(昭和31年3月13日保文発第1903号、厚生省保険局健康保険課長回答)
- 厚生労働省「高額療養費制度を利用される皆さまへ」(2026年7月31日更新)
取り扱いは加入している保険者(協会けんぽ・健康保険組合・市町村国保・後期高齢者医療広域連合など)によって異なる場合があります。実際の手続きは、各保険者の窓口で最新の取り扱いをご確認ください。

